オランウータンの森からやってくる≪合法≫木材製品 ―周回遅れの合法木材促進法が置き去りにする「抜け穴市場」という暗い間隙-

2013年に施行されたEU木材規制法(EUTR)ではリスク評価などのデュー・デリジェンスのプロセスが組み込まれた。一方、日本では「合法伐採木材等の流通及び利用の促進に関する法律(通称「クリーンウッド法」)」が改正され、2025年4月から施行される。木材関連事業者には合法性確認(デュー・デリジェンス)がようやく義務化される。ただ、欧米に遅れること10年あまりの後塵を拝して打ち出されたものの、日本の対応はいまだに「絶望的なまでに遅れて」1) 2)いる。

EUTRは今年、森林破壊防止規則(EUDR)に取って代わられ、「高リスク国」への監視を強化するだけでなく、そのおよぶ範囲も合法性を越えて広がる。気候変動を緩和し、生物多様性の損失を食い止めることが期待される画期的な法律と大方のNGOのあいだでも高く評価されている。そもそも、木材やパーム油などのコモディティ商品の生産がもたらす影響は、森林破壊にとどまらない。地域社会や先住民族の権利侵害にまでおよぶことも多い3)。消費が社会、人権、環境に及ぼす負の影響に対応できる包括的な法体系が必要なことは自明である。

産業造林企業によるアカシア植林にともなう皆伐から出た木材が、日本向けの合板製品などに大量に使われている可能性が指摘されている。これまで長年にわたって日本の木材商社と取引のあったインドネシアのアラス・クスマのグループ企業である。皆伐を急拡大しているエリアには、オランウータンなどの危惧種野生動物の生息地や深い泥炭湿地が分布するばかりか、地域住民の農地や先住慣習地も多くふくまれている。このような状況が放置されれば、適用範囲を「合法性」のみに限定する日本が、近い将来、「抜け穴市場」との評価を国際社会から定着されてしまうかもしれないという懸念は決して小さくない。

熱帯林行動ネットワーク(JATAN)の代表理事、原田 公はつぎのように語った。

一般的に、法の執行や監視が弱い国で事業を行う木材会社は、国際貿易や税関規制の抜け穴を悪用して違法木材を洗浄する可能性がある。企業は、企業責任に対する自主的かつ積極的なアプローチであるNDPE 方針(森林減少禁止、泥炭地開発禁止、搾取禁止)を採用し、実施することに意欲的であるべきだ。大手パーム油企業は、パーム油をより持続可能なものにするため、NDPE方針の適用を増やしており、これはインドネシアの森林破壊削減に貢献するだろう。しかし、日本でNDPE方針を採用している木材関連企業は少ない

2022年12月までアラス・クスマ・グループの完全子会社であった4)マヤワナ・ペルサダ社(PT Mayawana Persada)は近年、インドネシアで最大規模といわれる森林伐採をつづけている。エイドエンバイロメントの調査によれば、同社は2020 年と 2021 年にそれぞれ約2,800haと約5,300haの森林伐採に関与し、2022年にはさらに約6,700haの森林を伐採した5)。また、2021 年以降、東京都23区の半分強に相当する 33,000 ヘクタール以上の自然林を伐採したという報告もある6)

マヤワナ社の事業地周辺では苛烈な社会紛争が依然としてつづいており、いまだにその終わりが見えていない。JATANが昨年6月におこなった現地調査では、隣り合う二つのコミュニティのあいだで境界をめぐって繰り広げられている熾烈な抗争を取材した。抗争の背後に、コミュニティ間の社会的な分断、経済的な格差を巧妙に演出することで、事業地経営を思い通りに進めようとする企業の戦略が垣間見えた。シンパン・フル郡のゲンサオク集落(Dusun Gensaok)では、厳格なアダット(慣習)法に則り大切に保護されてきた先住慣習林(hutan adat)のおよそ半分がマヤワナ社によって破壊された直後の痛々しい跡地を目撃した7)

マヤワナ社による大規模な森林伐採は、ボルネオ・オランウータン(Pongo pygmaeus)、ヘルメット・ホーンビル(Rhinoplax vigil)、マレーグマ(Helarctos malayanus)といった保護種の生息地を奪っている。マヤワナ伐採許可地には5万5,000ヘクタール以上の熱帯林が残っており、インドネシアの森林減少を抑制するための重要なテストケースとなっている8)。また、事業地の六割は深い泥炭層に覆われている。2022年から2023年10⽉までの間に14,505ヘクタ ールの泥炭湿地が掘削され、およそ80万トンのCO2を排出しているという9) 10)。これは日本国内の全空港施設が一年で排出する量に匹敵する。

こうした切迫した情勢を背景に米国のNGO、Mighty Earthから提出された、アラス・クスマ・グループに対する「組織とFSCとの関係に関する指針」違反の申し立てをFSCは正式に受理した11) 12)。FSCはまた、アラス系の木材加工企業ハルジョン・ティンバー社(PT Harjohn Timber)のCOC認証を取り消し13)(2023年12月6日)、さらに、サリ・ブミ・クスマ社(PT Sari Bumi Kusuma)についてもCOC認証を停止14)(2023年12月8日)した。これにより、FSC認証材であることを理由に購入をつづけてきた伊藤忠建材や住友林業15)といった日本の受入れ企業は調達の見直しを迫られる状況となっている。

インドネシア環境林業省(KLHK)は、3月28日、同社に通達(S.360/PHL/PUPH/HPL.1.0/8/3/2024PH/HPC.1.0/8/3/2024)を発出し、森林破壊を停止するよう命じた16)。KLHKはまた、同通達で危惧種生息地の破壊、深い泥炭地の掘削による荒廃地を修復するよう求めている。つまり、マヤワナ社の操業はインドネシアの国内法を侵害している疑いがあるのだ。

米国の国際環境NGO、マイティ―アースの東南アジアシニアディレクターのアマンダ・フロウィッツはつぎのように述べている。

マイティアースが入手した証拠によれば、マヤワナ・ペルサダ社が、深い泥炭と何万ヘクタールもの手付かずの森林を組織的に伐採し、ブルドーザーの大隊を投入し、オランウータンの重要な生息地と先住民コミュニティの神聖な先祖伝来の土地を破壊することでアブラヤシ産業がかつてもたらした最悪の時代を彷彿とさせる光景を現出させた。

森林破壊率の減少という積年の努力の成果が脅かされていることに対し、インドネシア政府は正しい行動をとり、会社に伐採の停止を命じた。いま、マヤワナ社がおこなうべきことは、湿地を掘削して設けた人口カナルを堰き止めて泥炭を回復させるなどの重要な修復活動である。また、被害をもたらした地域社会への賠償もおこなわなければならない。それが実現し、FSCが調査を終えるまで、日本の受入れ企業はアラス・クスマ・グループとマヤワナ社から素材の提供を受けている加工企業との取引を停止すべきである

インドネシア政府の公式データから日本側の受入れ企業名が明らかになっている。それら企業の中には、NDPE方針を掲げる大手商社もふくまれる。昨年7月にJATANがそのうちの数社にメールで問い合わせたところ、下記のインドネシア側企業と合板製品の取引があったことは認めたものの、購入した合板製品にマヤワナ社事業地から出た木材は混入されていないと一様に否定した。これらの企業はその木材の調達でFSC認証を優先的に採用しているとJATANによるアンケートでも回答している17)が、アラス系の木材加工会社はつぎつぎとFSCからCOC認証の停止、取消の措置を受けている。

なお、住友林業は2010年からアラス・クスマ傘下の三企業(PT Wana Subur Lestari, PT Mayangkara Tanaman Industri, PT Kubu Mulia Forestry)との共同で産業植林事業拡充をおこなってきた18)。また、製品の需給についても、アラス系の木材加工企業ハルジョン・ティンバー社から少なくても2020年4月時点まで合板を購入していた19)

表1:ハルジョン・ティンバー社からの合板製品受入れ日本企業・受入れ量一覧
(単位キロ 2018-2020年インドネシア貿易データより)
表2:マヤワナ・ペルサダ社の木材の混入が疑われる合板製品受入れ企業一覧(2022 RPBBI*)
* RPBBI (Rencana Pemenuhan Bahan Baku Industri): 「工業原料調達計画」は環境林業省の求めに応じてすべての木材関連産業が毎年提出する木材(製品)出荷量を示している。
問合せ先

熱帯林行動ネットワーク (JATAN)
事務局長 原田 公
Email: harada[α]jatan.org

マイティ―アース (Mighty Earth)
東南アジアシニアディレクター (Senior Director for Southeast Asia)
アマンダ・フロウィッツ (Amanda Hurowitz)
Email: amanda[α]mightyearth.org

※それぞれ[α]を@に置き換えて下さい。

【引用・参考文および注釈】
1) JATAN. 2024. 「3/18【企業向けウェビナー】 ボルネオ島熱帯林に由来する木材サプライチェーンと需要に潜むリスク ―サラワク(マレーシア)と西カリマンタン(インドネシア)の現場から―」
2) 田中淳夫「日本も直撃?EU森林破壊防止規則の破壊力」 (2024年3月28日)
3) Greenpeace. 2020. “A new EU regulation to protect the world’s forests and ecosystems”
4) 2023年1月、マヤワナ・ペルサダ社はオーナーが変わり、その株式の半分をグリーン・アセンド社(Green Ascend Sdn Bhd)として知られるマレーシアの会社が取得した。さらに、2023年12月23日、ハルジョン・ティンバーが所有する残り50%の株式は、香港に本社を置くBeihai International Group Limitedに譲渡された。Beihai International Group Limitedは、サモアに本社を置くBalaji Investment Group Holdings Limitedという会社によって所有されている。(出典: Mighty Earth, “LETTER FROM GOVERNMENT MINISTRY TELLS INDONESIA’S LARGEST DEFORESTER TO STOP CLEARING”)
5) AidEnvironment. 2023. “Two Companies Alone Cleared 10,600 Hectares of Indonesian Forest in 2022”
6) Greenpeace. 2024. “Deforestation Anonymous: Rainforest destruction and social conflict driven by PT Mayawana Persada in Indonesian Borneo”
7) JATAN. 2023. 「侵害される先住民の慣習地と深刻な社会紛争ーインドネシア・西カリマンタンのマヤワナ・ペルサダ社による土地収奪」
8) Greenpeace. 2024, op. cit.
9) JATAN. 2024. 「インドネシアからやってくる合板の裏側〜アラス・クスマ・グループによる環境社会問題と銀⾏の責任〜」(Fair Finance Guideケース調査 報告書)
10) Satya Bumi. 2024. “Minister of Environment and Forestry, Do not let PT Mayawana Persada worsen the climate crisis by brutally clearing natural forests and peatlands in West Kalimantan”
11) Mighty Earth. 2023. “FSC ACCEPTS COMPLAINT FROM MIGHTY EARTH AGAINST “LAST OF THE BIG DEFORESTERS” OVER MASSIVE RAINFOREST CLEARING IN INDONESIA”
12) FSC Japan. 2024. 「FSCは、アラス・クスマ(Alas Kusuma)グループに対する「組織とFSCとの関係に関する指針」違反の申し立てを受理しました」
13) FSC. PT Harjohn Timber Certification details (December 06, 2023).
14) FSC. PT Sari Bumi Kusuma Certification Details (December 08, 2023).
15) AidEnvironment. 2021. “Alas Kusuma Group second largest deforester in Indonesia’s pulp and paper sector”
16) Mighty Earth. 2024. “LETTER FROM GOVERNMENT MINISTRY TELLS INDONESIA’S LARGEST DEFORESTER TO STOP CLEARING”
17) JATAN. 2024. 「2023年度 木材調達方針と熱帯材製品(インドネシア産・サラワク産)の木材供給のアンケート調査 結果概要」
18) 住友林業「インドネシアのカリマンタン島で植林事業拡充~世界に誇る地下水位管理法で持続可能な森林経営~」(2020年12月09日)
住友林業「海外における森林管理」
19) 住友林業は、2024年3月14日付けのJATAN宛メールで、「3社(PT. Wana Subur Lestari、PT. Mayangkara Tanaman IndustriおよびPT. Kubu Mulia Forestry)に関しましては、2021年6月以降、100%弊社グループの株主構成と なり、すでにAlas Kusuma社との合弁関係は解消されております。なお、合板の調達に関しては、取引上の理由から、 2023年1月以降新規の契約はしていない」と述べている。 いまのところ、同社からはプレスリリースなどによる公式の表明はなされていない。

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