近年、インドネシアの西カリマンタン州(ボルネオ島インドネシア領)では、周辺住民の意思を顧みない植林企業による森林開発が活発化している。かつてスマトラ島では、パルプ・製紙会社に木材を提供する企業の傍若無人ともいえる土地支配が横行したが、そうした企業による過酷な土地収奪の前線がカリマンタン島の森林地帯に移った感がある。ただ、カリマンタンではダヤックと呼ばれる先住民による土地に深く根差した信仰、伝統文化を守る運動が各地で根強く存在している。現地では開発企業と先住民、地域住民とのあいだで苛烈な社会抗争がつづいている。一触即発の緊張状態にある場所もある。2023年6月に現地住民とともに取材した調査の概要を報告する。
社会紛争 ケース 1
Dusun Lelayang, Desa Kualan Hilir, Kecamatan Simpang Hulu, Kabupaten Ketapang
隣り合う二つのコミュニティのあいだで境界をめぐる熾烈な内紛が昨年からつづいている。シンパン・デュア郡(Kecamatan Simpang Dua)のS村はすでにPT Mayawana Persada(以下、MP)と合意を交わしているが、MPのあからさまな慣習権の侵害を不服とする一方のレライアン集落(Dusun Lelayang。以下、L集落)では、2008年から住民がコンセッション内に取り込まれた農地にコメ、アブラヤシ、ゴム、キャッサバ、ジェンコール(ジリン豆)のほか、ジャックフルーツ(パラミツ)などの果実を栽培していたが、2022年12月頃にMP社の保安要員たちによって破壊された。集落の住民たちの主張によれば、こうした農地をふくむ慣習地を会社に譲渡したことはなく、同意はおろか説明すらもなされないまま、一方的に焼き討ちにされたという。今回の調査ではコンセッション内に抗議用のテントを構える住民たちの案内で破壊の現場跡を複数確認した。農作業で使っていた小屋が燃やされた痕跡も複数、視察した。L集落の住民たちの証言によれば、破壊に関わったのはMP社ばかりでなく、MPと合意を交わしているS村の村長をはじめとする住民も主体的に関わっていたという。二つの村の境界線は本来引かれるべき位置よりもだいぶS村の領地に食い込む形で引かれてしまっているのが破壊の理由のようだ。この村長は、L集落や同様に土地を奪われたSE集落をふくむ複数コミュニティが農作業している土地は本来、S村の領地内である、さらに、L集落の先住性を否定し、他所(Kabupaten Sanggau)から移り住んできた新住民だと主張する。MPは土地の譲渡などで会社と同意を交わした村にはCSR活動の一環と称して教会などの施設建設を提供している。抗争の背後に、コミュニティ間の社会的な分断、経済的な格差を巧妙に演出することで、コンセション(政府から与えられた事業権地)の管理を思い通りに進めようとする企業の戦略が垣間見える。
L集落の住民たちが主張する慣習地にはコメをはじめとするさまざまな作物が植えられていた。いまとなればその周囲には、アカシアやユーカリのパルプ用早生樹種で覆いつくされている。それに比べ住民たちが植栽をおこなってきたキャッサバなどの耕作地は非対称なくらいに小さく佇んでいるだけだ。周囲の植林造成地の広大さから見る限り、かれらを”スクワッター(不法占拠者)”と見間違えてしまうかもしれない。だが、侵略者は間違いなくマヤワナだとかれらはいう。現場の破壊跡地には焼け焦げた家屋の瓦礫、壊れた食器などが散在し往時の農業拠点であったことを示している。また、そうした一画には、ビニールが張られた仮設小屋が三つ設置され、農地の明け渡しを拒むL集落の住民たち、おそらく10名以上が企業の活動を監視している。かれらの話によれば、2020年からMPは重機を使った森林開発をクタパン県(Kabupaten Ketapang)のシンパン・フル郡(Kecamatan Simpang Hulu)からはじめ、その後、シンパン・デュア郡に進め、今年には北カヨン県(Kabupaten Kayong Utara)にまで伸ばしている。
2022年9月にはMPの土地収奪を阻止しようとするL集落の住民とS村の住民および会社側とのあいだで暴力をともなう抗争があった。住民の話ではナイフをかざすMPの保安要員もいたといい、数名の負傷者出た。この抗争(一部)を映すビデオが動画サイトに掲載されている。なお、この抗争の前後、二度にわたって、L集落の住民たちと会社のマネージャーR氏とのあいだで解決のための会合が持たれたが、いずれも物別れに終わったという。
L集落などの住民の訴えを受けて地元のNGO、インドネシア環境フォーラム西カリマンタン支部(WALHI Kalibar)は6月5日、西カリマンタン州環境・林業局前で国の環境・林業省(Kementerian Lingkungan Hidup dan Kehutanan: KLHK)によるコンセッション撤回求めてデモをおこなった。MP社の天然林開発を止めさせるなど4つの項目を要求した。
社会紛争 ケース2
Dusun Gensaok, Desa Kualan Hilir, Kecamatan Simpang Hulu, Kabupaten Ketapang
シンパン・フル郡にTonah Colap Torun Pusaka (TCTP)と呼ばれる先住慣習林(hutan adat)が存在する。TCTPはその土地権をふくめた慣習権が地元の先住民コミュニティBenua Kualan Hilirに属することが認められた(Nomor Surat: 01/LPA/MAKM/12/02)。それ以来、厳格なアダット(慣習)法に則り大切に保護されてきた。地域住民の生活に欠かせない水源の森でもあるTCTPは一本の樹木を切るにも厳格なルールがある。TCTPの一部を構成するBukit Sabar Bubuという独立峰はゲンサオク集落(Dusun Gensaok)の住民にとってさまざまな恵みを与えてくれる神聖な山として伝統的に管理されてきた。しかし、この山のすぐ反対側には広大なMP社のコンセッションが分布する。それがもたらす脅威について住民たちに話を聞いた。2020年6月頃からMPは天然林の皆伐を開始し、それは2023年5月までつづいた。その伐採跡地を住民グループと視察した。ブルドーザーによって貫通された作業道路を抜けた先に、周囲の森林と比べようもない、痛々しい裸地が広がっている。積まれた伐採木材のパイルはまだ新しい。地下水の深刻な影響はこれから出てくるだろう。住処を奪われた希少な動物たちの環境も懸念される。そして住民たちが何よりも恐れるのは、幾世代にもわたって生活、信仰、文化のすべての拠り所としてきたBukit Sabar Bubuを失うことで慣習権自体が破壊されてしまうことだ。2023年6月、インドネシアのヌサンタラ慣習法社会同盟(Aliansi Masyarakat Adat Nusantara: AMAN)とその傘下組織のBarisan Pemuda Adat Nusantara (BPAN)は、先住慣習権に敬意を払い即座に伐採を停止するよう求める声明を出し、MP社に強い言葉で抗議した。
マヤワナ・ペルサダ社
PT Mayawana Persada
マヤワナ・ペルサダ社はインドネシアの巨大木材コングロマリットのひとつ、アラス・クスマ(Alas Kusuma)の傘下にあるパルプ用樹種のアカシア、ユーカリを育種、植林、収穫する企業である。MPは2010年にインドネシアの産業造林事業許可(IUPHHK-HTI、以下HTI)を取得した(SK. 723/Menhut-II/2010)。事業権地は西カリマンタン州のクタパン県、北カヨン県にわたり、保有面積は136,710ヘクタール、保有期間は60年に及ぶといわれる。コンセッションのおよそ半分は泥炭湿地である。MP社は2023年の1月から3月にかけて自社コンセッション内の3,000ヘクタール近くを伐採した。アラス・クスマについては、むしろHTI企業以上に天然林伐採事業許可 (IUPHHK-HA)を保有する多くの伐採会社を傘下に持つ。2010年時点の天然林伐採許可面積でいえば、アラス・クスマはカユ・ラピス・インドネシア(PT Kayu Lapis Indonesia)に次いでインドネシアで二番目の規模にあたる1,157,700ヘクタールを占めていた。
アラス・クスマ系企業が生産する大量の合板製品が日本の建材市場に流れ込んでいる。FSC認証を持つPT Sari Bumi KusumaとPT Suka Jaya Makmurが伐採した天然林木材より製品化された合板を日本の主要な木材商社である住友林業、伊藤忠、SMB建材などが購入している。こうした大手の輸入企業はFSCという森林認証による認可のもとに合板木材製品調達にともなう環境配慮調達方針の達成を誇示している。MP社が伐採した天然林材がPT Harjohn Timberという、やはりアラス・クスマのグループ企業に運ばれて合板の原料に使われているのではないかという指摘がある。PT Harjohn Timberは、FM認証を受けた森林から生産された木材を、適切に管理・加工していることを認証するFSC CoCを取得している。インドネシアの貿易データによれば、PT Harjohn TimberのFSC認証合板製品は上述の木材商社のほか、ユアサ木材、伊藤忠建材、オムニツダ、ノダ、ダイケン、SMB建材などの建材会社も扱っている。インドネシアから輸入される合板の場合、日本の建設現場の基礎工事で重宝されているウレタン塗装型枠用合板を製作できる工場は限られており、アラス・クスマ系の工場は塗装設備を有していないといわれている。おそらく、PT Harjohn Timberの合板は日本で構造用合板、フローリング台板、家具材などに使用されていると思われる。
Contact:
harada[α]jatan.org
Akira Harada
※ (α)を@に置き換えて下さい。
【参考】
【2022年企業向けウェビナー】 日本にやってくる熱帯林産物の原料生産にともなう土地収奪と森林破壊 ―サラワク(マレーシア)と西カリマンタン(インドネシア)の現場から―
https://jatan.org/archives/5823
【2022年レポート】「日本にやってくる熱帯林産物の原料生産にともなう土地収奪と森林破壊―サラワク(マレーシア)と西カリマンタン(インドネシア)の現場から―」
https://www.jatan.org/report/2022/09/27/16/