森林はなぜ重要か?
森林は私たちが住む地球にとってたいへん重要な役割を果たしています。森林は、二酸化炭素を吸収・固定することで地球の温暖化防止に不可欠です。また、森林は、驚くほど多様な動植物種の命を育み、支えています。両生類の80%、鳥類の75%、哺乳類の68%をふくむ陸上生物多様性の80%以上が森林に生息しているといいます。
森林はまた、人と深い関係をもっています。世界には約7,000万人の先住民をふくむ約16億人が、森林資源を生活の糧としています。森林の伐採は、特に熱帯地方において、地域の気温や降雨量にも影響を及ぼし、地球規模の気候変動の地域的な影響をさらに深刻化させ、人間の健康や農業生産性にも影響を及ぼします。
森林に生活や文化を直接的に依存している人たちがいます。推定5億人の人々が生活の糧を森林に直接依存している一方で、世界全体が食糧、水、きれいな空気、重要な医薬品を森林に依存しています。とくに熱帯林に住む先住民とよばれる人たちの場合、かれらの文化、伝統、言語そして信仰は熱帯林と深く結びついており、熱帯林はかれらのアイデンティティの一部です。しかし、世界的に見ると、特に熱帯地域では森林が大きな脅威にさらされています。2000年から2010年の間に、毎年1,300万ヘクタール近くの森林が失われました。世界の森林の約30%が完全に伐採され、20%は劣化しているといいます。
森林はなぜ消失しているか?
国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界の総森林面積は40億6,000万ヘクタールです。世界の森林の半分以上はわずか5カ国(ロシア連邦、ブラジル、カナダ、アメリカ合衆国、中国)にあり、3分の2(66%)は10カ国に占められています(先の5か国に加え、オーストラリア、コンゴ共和国、インドネシア、ペルー、インド)。
世界資源研究所(WRI)によれば、世界の森林減少の97%近くは熱帯で占められています。 熱帯林の年間減少面積は、2001年の670万ヘクタールから2023年には1,210万ヘクタールへと、ほぼ倍増しています。最も大きな面積を失ったのはブラジルとインドネシアの熱帯林です。
一般的には、森林が失われた主な原因として、林業、転換農業、商業伐採、森林火災、都市化などが挙げられます。ただじっさいには、背景要因が複層的に絡んでいる場合も多く、本当の原因を探るために地域固有の事情を仔細に見ていく必要があります。
2001年から2023年の23年間で、林業は1億5,500万ヘクタールの被覆損失に関連しています。将来、天然更新や植林事業によって再生が見込まれる場合があります。ただ、植林と一口に言っても、その目的も方法もさまざまです。パルプ原料をつくるためにユーカリやアカシア・マンギュームなどの単一早生樹を植栽する産業植林は、森林本来の再生につながらないという議論もあります。
商業伐採(commodity-driven deforestation)は、1億200万ヘクタールの被覆林喪失に関連しています。森林はしばしば牧草地やプランテーションのための土地に転換されます。牛肉、大豆、パーム油、パルプ、エネルギー、鉱物などの商品生産が目的です。
1億1,300万ヘクタールの消失に関連する森林火災は、植生が焼失し、その後に人為的な転換や農業活動が見られない喪失を意味します。火災は自然に発生するものもありますが、人為的に引き起こされる火災も決して小さくありません。とくに熱帯林では、ほとんどの場合、アブラヤシ・プランテーションなどの農業用地を確保するために人間によって引き起こされます。
移動農業(shifting agriculture)は、1億1,300万ヘクタールの樹木被覆の損失に関連しています。森林を伐採し、数年間、農業生産に利用した後、一時的に土地を休ませ森林を再生させる農法です。熱帯地域では、地域コミュニティが伝統的な焼畑農業を実践していますが、最近では、企業による土地の囲い込みや急激な人口増加が土地への圧力を強め、休耕期間を短縮させることで、森林再生の機会を奪ってしまうケースが増えています。こうしたことから、生態系サービスにとって貴重な森林を破壊しているとして、焼畑農家を悪者扱いにするような言説がときどきみられます。じっさい、焼畑民が犯罪者に仕立てあげられ土地から追い出されることもめずらしくありません。しかし、焼畑による森林生態系への影響はそのやり方や規模、地域によってさまざまに異なり、一概に判断できるものではありません。移動耕作のサイクルが適切に管理され、農業と森林再生が持続的に維持されていることも多いのです。
泥炭湿地開発の影響
泥炭地は世界の土地の3%しか占めていませんが、世界中の森林が蓄積する量の2倍近くに相当する550 ギガトンンの炭素を貯蔵しており、これは世界の土壌炭素の30%に相当します。泥炭地が破壊されると、気候変動を引き起こす主要な温室効果ガスである二酸化炭素が大気中に放出されます。世界的に被害を受けた泥炭地は温室効果ガス排出の主な原因となっており、毎年、世界の人為起源CO2排出量のほぼ6%を排出しています。したがって、泥炭地の保護は、気候危機に対処するために国際社会が取り組むべき重要な課題です。インドネシアの泥炭地は57ギガトンの炭素を貯蔵しており、これは鉱物性土壌(mineral soil)の20倍に相当します。2019年の森林火災と土地火災は1億900万トンの二酸化炭素相当を放出し、そのうちの8,270万トンは地下の泥炭地から発生したものです。
インドネシアにおける森林や泥炭地の火災の約98%は、故意または過失による人為的なものです。その一例が、農場やプランテーションのための開墾などの不適切な泥炭地管理です。乾燥した泥炭地は火災に非常に脆弱です。2019年、インドネシアでは少なくとも160万ヘクタールの森林・土地火災が発生し、その中には50万ヘクタールの泥炭地も含まれていました。
インドネシアとマレーシアにおける熱帯林の減少
Global Forest Watch(GFW)のデータによると、世界の二大パーム油生産国であるインドネシアとマレーシアでは、森林の減少率が鈍化しています。インドネシアでは、2015年から2017年と2020年から2022年の間に森林減少が64%減少し、マレーシアも同じ期間に57%減りました。
この減少傾向については諸説あります。世界経済フォーラムでは、アブラヤシ農園企業や紙・パルプ業界によるNDPE(No Deforestation, No Peat, No Exploitation)方針の導入・拡大をその理由のひとつに挙げています。しかし2023年には森林喪失はまた増加に転じ、2017年とほぼ同じレベルに戻ってしまいました。
インドネシアは世界最大のパーム油生産・輸出国です。アブラヤシのプランテーションの拡大は、過去20年間インドネシアにおける森林減少の主な要因であり、原生林減少の三分の一、およそ300万ヘクタールを占めています。
先住民が慣習的に利用してきた土地は保証されているか?
土地の権利をふくむ先住民の権利については、憲法や法律による保証、裁判による決定、国際文書の批准や採択による承認など、その法的なステイタスや効力は国によってさまざまに異なります。まったく承認していない国もあります。日本政府は2019年に施行されたアイヌ施策推進法によってアイヌ民族を先住民族と位置づけましたが、同法では先住民族の集団に固有の権利(土地権をふくむ先住権)については明記されませんでした。
マレーシアでは、先住民の慣習的土地権は、法の効力を有する慣習や慣行もふくまれるという認識のもとで連邦憲法に よって完全に保護されています。サラワク州では先住民の慣習的な土地権について、1958年の「土地法(Land Code)」が細かく規定しています。ただ、憲法や州の法律で保障されているにもかかわらず、なぜ、いまでも、先住民コミュニティを原告とする多くの訴訟が法廷で争われているのでしょうか? それは「法律は先住民族の慣習的権利よりも民間の土地開発を促進するために、土地問題に関して争いの余地のない権力を州当局に与え」ているからにほかなりません。サラワク州政府は先住民の慣習的な権利を狭義に解釈しかれらに多くの制約を課している一方で、民間企業には大規模な土地の開発権を与えています。州政府が企業に与えた土地の境界を公表することはありません。コミュニティは自分たちの土地にある日突然、ブルドーザーが入ってきて木々をなぎ倒すのを見てはじめて事業地の存在を思い知るのです。「住民がおこなってきた焼畑の耕作地や菜園、狩猟地はかつての痕跡をなんら留めることなくアカシアなどの産業植林に姿を一変させられてしまう」といった事態はサラワクでは決して珍しいことではありません。
2013年5月16日、インドネシア憲法裁判所は第35/PUU-IX/2012号判決(MK 35)を下し、先住民族を土地、領土、自然に対する権利を有する法的主体と認めました。しかし、判決を遵守するためには多くの法律を改正する必要があります。正式な土地の権利を認定するのは地方政府レベルの施行細則です。これが、憲法裁判所の重要な判決があったものの、一向に慣習林の認定が進んでいない一因となっています。NGOが主張する先住民コミュニティの慣習的な土地は全国で2,820万ヘクタール。しかし、2024年3月現在、インドネシア政府(環境林業省)が正式に承認した慣習林はわずか24万4,195ヘクタールに過ぎません。インドネシアではアブラヤシ農園をはじめとする資源開発企業による慣習地の収奪がつづいています。国際的な人権組織、業界団体やNGOなどの報告書、提言はあまた存在するものの、収奪のあり方は多様を極め、国際社会はいまだ有効な対策を打ち出せていません。開発企業がコミュニティから土地を奪うことに成功している主な理由のひとつは、インドネシアの法律が土地の権利を非常に限定的にしか認めていないからです。
犯罪者に仕立てられるリスクを負う農民、先住民
2013年、スマトラ島のリアウ州などの大規模な野焼きや森林火災から発生したヘイズ(煙害)が隣国のマレーシアやシンガポールに影響を与え、国境を越えた深刻な大気汚染問題を引き起こしていたときに、カンパール半島というパルプ原料をつくる広大な産業植林地に囲まれたある農村を訪問しました。同行のNGOの活動家が住民たちに、「今日は農作業に出てはいけない」と強い口調で注意喚起をしていました。外交問題にまで発展した煙害に対して対応を迫られたインドネシア政府は懲役刑や多額の罰金を科す法律を相次いで制定しました。ちょうどそのとき、中央警察の機動隊(BRIMOB)が違法な野焼きや伐採を取り締まるために当地に出動していました。事業地の造成に伴うコストを抑制するために違法な野焼きをおこなう農園企業は少なくありません。そうした企業は警察の摘発を逃れるために地元の住民による焼畑に責任を転嫁しようとします。活動家は農民たちが不法に逮捕されるのを心配していたのです。
インドネシアに限らず東南アジアでは、移動農業を後進的で環境破壊的なものとして描く言説が、先住民や小規模農民を土地から追い出す戦略の一環として長く使われてきました。巨大な植林会社やアブラヤシ農園企業は住民の農地や先住民の慣習地を奪うことで事業地を拡大させています。土地へのアクセスを絶たれ、食料の調達にさえ不安を強いられているかれらを一層追い込んでいるのは、こうした身に覚えのない罪による不当な逮捕(クリミナリゼーション)への不安です。
世界資源研究所の或るデータ分析によると、スマトラ島の火災の3分の1以上(37%)はパルプ材伐採許可地で発生しています。残りの大部分は、パーム油生産者が使用する土地かその近くで発生しています。自給自足にたよる焼畑民と巨大な資力・政治影響力をもつ企業のあいだに横たわる非対称性を考えれば、両者を一概に相対化することは賢明な議論ではありません。
熱帯材製品の消費大国、日本
合板とは木材を薄くむいた単板に接着剤を塗布し奇数枚を貼り合わせたものです。合板の用途は多岐にわたりますが、熱帯材合板の場合、フローリング用台板や建設基礎工事のさいにコンクリートを流し込むための型枠として使用される例がほとんどです。普段の生活環境ではあまり馴染みのない木材製品ですが、大型ホームセンターの合板売り場に行くとサイズや素材の異なる何種類もの合板製品が平積みされているのを見かけます。
日本はかつて世界最大の熱帯材合板の輸入国でしたが、2013年から2020年にかけて輸入量が激減し、2020年に日本の熱帯材合板輸入量は米国に抜かれ、世界第二位に後退しました。米国は最近、ベトナムからの合板輸入を急速に増やしています。現在、熱帯木材貿易は中国を中心に動いているといっても言い過ぎではありません。ただ、膨大な需要を抱える国内での消費ばかりではなく、中国は家具や建材、紙製品などさまざまな熱帯材を素材とする加工製品を世界中に輸出しています。一方、日本は依然として世界屈指の熱帯材合板の輸入国、消費国でありつづけています。
2020年時点でみると、日本が世界の熱帯材合板の輸入量に占めるシェアは18パーセント、米国は25パーセントでした。熱帯材を素材とする合板製品の世界的な取引において日本はその輸入量の大きさで他国を大きく凌駕しています。内訳を見ると、2022年の輸入合板入荷量全体(261万8,706m3)のうち、インドネシア産は89万112 m3(34%)、マレーシア産が74万9,107 m3(29%)でした。マレーシア産のうち、およそ9割はサラワク州からのものです。
合板の用途は多岐にわたりますが、熱帯材合板の場合、フローリング用台板や建設基礎工事のさいにコンクリートを流し込むための型枠として使用される例がほとんどです。JATANでは2016年からサラワク州での現地調査と木材商社や住宅・建設産業、建材メーカーなど65社を対象とした企業アンケートをもとにレポートの制作・発表、セミナー開催といった市場キャンペーンを展開しています。この数年間、JATANなど市民団体(NGO)による働きかけもあって、フローリングや窓枠といった建材では国産材合板へのシフトが進んでいますが、コンクリート型枠では依然として熱帯材合板の根強い需要がつづいています。型枠用合板に限ればサラワク産、インドネシア産が国内使用量の9割を占めています。型枠施工業者などに言わせると、熱帯材合板は「表面の平滑性、軽さ、堅さのすべてを兼ね備え、さらにリーズナブルなスーパー製品」であるとのことです。
JATANが大きな懸念を抱くのは、開発企業による農地や先住民の慣習地の囲い込みから起こる土地権、慣習権の破壊といった人権にかかわる社会問題です。サラワクでもインドネシアでも近年はパーム油の世界的な需要の高まりを受けアブラヤシ農園が無法図に拡大するのにともない熱帯林資源が枯渇するなかで、天然林の伐採権をもつ企業の施業は減りつつあります。ただ、パルプ材の原料をつくるアカシア産業植林やアブラヤシ農園の造成にともなって伐採される木材(転換材)が合板の製造に使用されるケースが増え、合板の木材原料のサプライチェーン(原料調達からはじまる製品の加工・流通・販売にいたる流れ)を正確に把握することが難しくなっています。さらに、合板はその用途から来る性質上(建設基礎工事や建材製品の下地に使われる)、一般の消費者からは不可視化されている木材製品といえます。
2011年、国連人権理事会において全会一致で支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」では人権を保護する国家の義務とともに人権を尊重する企業の責任が明記されました。企業の人権尊重責任を果たす取り組みとして、企業が原料調達網をふくめ人権リスクを把握し、抑制する「人権デューデリジェンス(人権DD)」が位置付けられています。日本では2022年9月に政府(経産省)が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました。法的拘束力を備えた欧米先進国の法律と比べると、日本の場合、名前にあるように義務も罰則も持たないガイドラインであるのが残念です。