2月27日、ジャンビ州テボ県のルブク・マンダルサ村(Desa Lubuk Mandarsah)で、インドラ・ペラーニ(Indra Pelani)という村の青年の遺体が発見された。両脚がロープで結ばれ、口にはTシャツが押し込められていた。また、体中に激しく殴打された痕と複数の打撲痕が残っていたという。あまりに残忍な犯行だ。その動機の背後に強い憎悪があるのは間違いない。現在は警察当局の特別調査チームが入って事件の解明に向けた検証がおこなわれているところだが、これまでにわかっている経緯を以下、TEMPO紙、ジャカルタ・ポスト紙などの報道を中心にまとめてみる。
インドラは前日の26日、友人のニック・カリム(Nick Karim)と同じバイクに乗って、PT. Wira Karya Sakti(ウィラ・カルヤ・サクティ: WKS)が所有するアカシア植林の中を走っていた。稲の収穫祭に参加しようとしていたらしいが、会社の植林地の中にあるためにWKSが雇用する警備会社の詰め所に立ち寄って許可を得ようとする。その警備会社はPT. Mangala Cipta Persadaという。きっかけは定かではないが両者の間で激しい言い争いとなり、そのうち警備員たちがインドラを殴りはじめる。もはや制止の利かない状況になってニックは仲間のもとに逃げ込んで助けを求める。およそ30名の村人がニックとともに詰め所に戻り、周囲に見当たらないインドラの行方をたずねる。応対の警備員は争いがあったこともふくめて何も知らないと答える。その日の夕方、テボの警察が捜索をはじめる。すると、変わり果てたインドラが村の道路から400メートルほど入った沼地の中で発見される。遺体はその後、村人たちの手で病院に運ばれる。警察によれば、容疑者の7名の警備員を追跡しているというが、彼らの名前と所在はわかっているという。
JATANは昨年の7月と8月にこのマンダルサ村をふくめ、APPの森林保護方針(FCP)がアナウンスされた後も土地紛争が絶えないジャンビ州のいくつかのコミュニティでヒアリングによる現地調査をおこなった。訪問した先々には、APPのビジネスのために大切な農地を収奪された農民と地域住民の深い苦悩とかれらが植林地に囲まれた小さな農地を死守する強い覚悟があった。調査後のレポート「日本でいちばん売られているコピー用紙の原料調達地を訪ねる」では「いずれの村でも紛争に伴う軋轢は小康状態に入り、にわかに暴力事件に発展する気配は感じられなかったものの、農民と住民側から見る限り、土地の収奪をめぐる本当の解決までは道のりは遠いという認識を持った」と記した。いまから考えると、マンダルサ村には実は、今回の暴力事件を予見できる兆候がずっと存在していてただそれを見逃していたのだと痛感している。亡くなった青年は話を聞かせてもらった農民の一人だった。二十歳を少し過ぎたばかりの青年は、WKSによって奪われた土地を取り返すために戦っているグループの重要な戦力を担っていた。彼の死は偶発的に発生したものではなく、利益追求に邁進したい企業と奪われた土地を必死の思いで取り返そうとする地元コミュニティの間に潜在する一触即発の緊張関係という背景から起こった事件と理解すべきだろう。
同じグループ傘下のWKSからパルプ材の納入を受けているAPPは二年前、コミュニティとの間の土地紛争の解決をふくめたFCPの誓約を公表した。また、一ヶ月前の今年2月6日には、FCPの独立評価をおこなっていたレインフォレスト・アライアンス(Rainforest Alliance: RA)による報告書が発表されたばかりで、「『APPは誓約の実現に向けて順当に進展している』と結論付けています」などと結果を歓迎する声明を出したところだ。その中でAPPの持続可能性担当役員であるアイダ・グリーンベリーは言葉を続けて、「(2015年以降の)優先項目は第三者による森林伐採、泥炭地管理慣行、FPIC、社会紛争の解決などに関するものです」と述べている。
APPは今回の死亡事件を受けて、早速、遺族などへの弔意とともに、警察当局や現地で紛争解決をサポートしてきた地元のワルヒ(Walhi)への事件解明に向けた協力を惜しまないとの声明を発表している。一方、FCPの確実な実行に向けた取り組みでAPPと協働してきたGreenpeaceは協力関係の停止を示唆している。
RAの第三者調査報告をAPPのみならずGreenpeaceも歓迎していた。ただ、リアウ州、ジャンビ州、カリマンタンで起こっている数百件もの土地収奪をめぐる紛争の解決についていえば、これまでに合意が成立しているのはジャンビ州のセニェラン村(Desa Senyerang)だけで、この村でもその解決方法ではさまざまな問題が置き去りにされていることがJATANや他のNGOの現地調査でわかっている。FCPに掲げられている遠大な目標と調達の現場で絶え間なく生起している土地紛争の現実の間には深遠なギャップが依然、存在している。APPに木材を調達している会社(サプライヤー)はグループ傘下と「独立系」を合わせると38を数えるという。さらに、今回のようなコンセッション内の広大な植林地の警備を担当する会社をふくめて、各サプライヤーの下には数百もの契約企業がぶら下がっている。問題の規模は途轍もなく大きいが、紛争の具体的な解決策についてRAのレポートは言及していない。
APPが解決に向けてまず取り組むべきことは、サプライヤーが奪ってきた農地や住民の慣習地をFPICに準じたやり方で返還することである。少なくてもマンダルサのように農民たちが農業を復活させようとしている農地は二度と取り上げないことを誓約する形で返すべきだ。アスクルは、WKSのアカシア植林からつくられているというAPP社製のコピー用紙を販売している。植林地の造成、原料採取から製品の販売にいたるまでの調達網は責任の連鎖でもある。JATANはこれまでにアスクルの「紙製品に関する調達方針」が調達の実際と乖離していると述べてきた。また、「方針」に沿って運用するためには、乖離の実態を認めた上で、現地でコミュニティを支援しているNGOとともに、事実確認のための調査を自らの責任でおこなうことなどを提言してきた。今回の痛ましい事件に臨んで最初にすべきことはAPPとの購入契約を停止することではないだろうか? それが企業の社会的な責任を果たす最初の一歩である。
【参考】アスクルの《安心して使えない》格安コピー用紙 -紙原料向けの植林がインドネシアの熱帯林と暮らしにあたえる大きな影響-
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