JATAN 運営委員 原田 公
アジア・パルプ・アンド・ペーパー(Asia Pulp & Paper; APP)のパルプ生産の中核を担っているのが、スマトラのリアウ州にあるインダ・キアット(PT Indah Kiat Pulp & Paper Tbk.; IKPP)のペラワン(Perawang)工場である。APPがインドネシアで生産するパルプの73%がこのペラワン工場でつくられる。2009年に最大200万トンだったペラワン工場のパルプ生産能力は二年後の2011年には年間230万トンまで拡大する計画を持っていた。これは日本で最大の生産規模を持つという大王製紙株式会社三島工場に匹敵する。生産力増強のために投入される木材原料はいったいどこから来るのだろうか? APPはそのパルプ原料のおよそ二割を混交熱帯広葉樹材(mixed tropical hardwood : MTH)に依存しているといわれるが、2011年までに、この割合を44%にまで拡大する計画だった。
■ IKPPからの製品調達網
WWFインドネシア、ワルヒ(FoEインドネシア)、ジカラハリによるネットワーク組織のアイズ・オン・ザ・フォレスト(Eyes on the Forest)によれば、APPは2010年までにスマトラだけで、東京都の10倍の面積に相当する200万ヘクタールの熱帯自然林を伐採した (Eyes on the Forest 2011)。また、グリーンピースによれば、世界的に希少な森林生態系を擁するスマトラの熱帯泥炭湿地林の44万ヘクタールのうち、APPやその供給会社の手によって、2003年から2009年の間に4割にあたる18万ヘクタールが失われたという (Greenpeace USA 2011)。
APPインドネシアのパルプ生産の主要拠点はペラワンのIKPPだが、ペラワン工場は熱帯林開発によるMTHの使用量を2009年の240万立方メートルから2011年には500万立方メートルに増やす計画にあるという。こうした原料調達により生産されたパルプはAPPインドネシアおよびAPP中国の他の製紙工場に運ばれ、コピー用紙、印刷用紙、衛生用紙などの紙製品に加工され、さまざまなブランド名を付けられて世界中で販売されている。
■ 原料のサプライチェーンにCITES記載の希少樹種が混入
2001年、インドネシア政府は、熱帯泥炭湿地林に生育する希少樹種のラミン(Gonystylus spp.)をワシントン条約(CITES)の附属書Ⅲに掲載した (TRAFFIC Southeast Asia 2004)。以降、同国からの輸出は原則的に禁止されている。しかし、グリーンピースによれば、IKPPペラワンのパルプ生産に供給される原料の調達網にラミンをはじめとするMTH由来の木材が相当量混入されていたということだ。IKPPのパルプは、インドネシアと中国のAPPの製紙工場に運ばれ、そこで生産される各種紙製品は世界中に輸出されている (Greenpeace USA 2011)。
日本国内にも多くのAPP製品が流通・販売されている。輸入品が市場に占める割合は、コピー(PPC)用紙は三分の一、塗工印刷用紙はおよそ15%。いずれも輸入品の多くはインドネシアか中国産だ。とくにコピー用紙については輸入全体の8割がインドネシア産で、その9割はAPP社製、残りはエイプリル社製といわれている。量販店やネット通販、カタログ通販で売られているコピー用紙、チラシやカタログに使われている印刷紙から、ラミンの繊維が検出されてもおかしくない状況だ。ただ、ファイバー分析装置を持たない一般の消費者がチラシや冊子などの加工製品からAPP製品を特定することはできない。では、ラベリングされた市販のティッシュ・ペーパーやプリンター用紙はどうだろうか? 実際は、これは意外と容易ではない。ブランド名やバーコードからAPP製品、あるいはインドネシア産であることを特定できる場合もあるが、JANコードの記載のない製品、ノンブランド品も多く出回っているからだ。 もちろん、APPはいくつかのブランド製品を持っている。APPジャパンという直轄のグループ会社がAPPの紙製品を販売している。「ペーパーエクセルプロ」、グリーンのラベルの「コピーペーパー」というブランドを多くの人はホームセンターや通販のネット上で見かけたことがあるのでないだろうか? 印刷紙でも「シナール」というAPPブランドが最近、売り上げを伸ばしている。
■ 日本政府、インドネシア産コピー用紙をアンチダンピング調査
APP製品をはじめとする外国産の大量流入による紙製品の価格押し下げ傾向に国内の製紙会社は悲鳴に近い苦情の声を挙げはじめている。
昨年5月に日本製紙など製紙業界8社がインドネシア産コピー用紙について不当廉売関税(アンチダンピング)の課税申請を行ったのを受けて、財務省と経産省は課税の可否に関する合同調査に入った。8社によるとダンピングマージン率は7.55~15.78%、賦課を求めているインドネシア側の11供給者には、IKPPをはじめとするAPP系列の4社、RAPPなどエイプリル系列の2社がふくまれている。上の表に見るようにインドネシア産のコピー用紙は、2008年から2011年にかけて輸入量が36%も増えている。紙パ業界紙によれば国内業界では塗工紙や家庭紙についても提訴したいという。両省の調査は1年以内に終了し今年6月には判断が公表される模様。
アンチダンピングだが、これまで日本の提訴は7件と少ないが、グローバル経済が広がる世界では、1995年から2011年上半期までに発動されたアンチダンピング関税は累計で2543件。とくに米国の対中国反ダンピング措置の多さは際立っている。2009年、その米国とEUが中国産の塗工紙に対してダンピング措置を決定して以来、中国の製紙メーカーは日本や中東諸国、アフリカに向けた販路を広げようとしてきた。
■ APPが自然林伐採の中止を誓約!?
2月5日、APPは「森林保護に関する方針 (Forest Conservation Policy) 」を発表した。APPのすべての原料供給会社は2月1日以来、自然林の伐採を停止したという。APPは原料の調達で「100%植林」という公約をこれまでに少なくても三度、反故にしてきた。しかし、今回のアナウンスが従来のものとは異なると、APPのテグー・ウィジャヤ最高責任者と並んでプレスリリースに臨んだグリーンピースはいう。「APPはすでに、自然林の開発をもはや拡大し続ける必要がないところまで植林を拡大したということだ」(news.mongabay.com/2013/0205, “The beginning of the end of deforestation in Indonesia?”)。たしかに、「方針」の中では土地権をめぐる地域コミュニティの紛争解決に向けたコミットメントも明言されている。しかし、グリーンピース自ら「歓迎」声明の中で「森林の状況が今後どのように改善されていくかが重要であり、今回の誓約が順守されるかを監視する必要があります」と述べているように、数回にわたる公約反故の来歴を持つ同社に関しては、当分の間、とくにフィールドレベルでの監視や検証が必要だ。土地収奪をめぐって多発している住民との係争事件がにわかに解決に向かうとは考えにくい。もうひとつ、29もあるといわれる原料のサプライヤーに対する統括が徹底できるのかという懸念も拭いがたい。
APPインドネシアは複数の紙・パルプ企業を傘下に置いている。IKPPは国内に三ヶ所の工場を持つ。ペラワンのほかに、ジャカルタ近郊のセラン市、タンゲラン地区にも製紙工場がある。APPのパルプ生産施設に対して、原料の調達や植林施業等を行うサプライヤーと呼ばれるいくつかの会社がグループ系列のシナール・マス・フォレストリ(Sinar Mas Forestry)の下に存在している。代表的なサプライヤーとして、リアウ州に広大なコンセッションを持つアララ・アバディ(PT Arara Abadi)と主にジャンビ州を拠点とするウィラカルヤ・サクティ(PT Wirakarya Sakti)が挙げられる。さらに、APPが「独立系」と称している系列外の多くの供給会社がパルプ原料をAPPに提供している。
いずれにしろ控えめの期待感をもって今後の推移を見守りたい。
以上
※上記記事はJATAN News No.93からの転載です。