JATANでは2009年よりスマトラ島東岸の泥炭湿地帯に分布する伝統的コミュニティを対象に住民支援のプロジェクトを現地カウンターグループと協働で展開しています。今回は、昨年来取り組んでいるカンパール河を臨むトゥルク・ビンジャイ村での女性グループへの経済的エンパワーメント支援活動を紹介します。
■カンパール半島とパルプ材用コンセッション
スマトラ島中央部東岸に位置するカンパール半島(Kampar Peninsula)は、およそ70万ヘクタール、平均で4メートルを超える泥炭層を有する、インドネシアでも有数の広大かつ豊かな泥炭湿地帯です。場所によっては深さ15メートルの泥炭ドームが存在することから膨大な量のカーボン蓄積が認められています。内陸部には総面積約37,000 ヘクタール の、国が定める4つの鳥獣保護区(Suaka Margasatwa)が存在し、CITES付属書IIに掲載されている危惧種のラミンやメランティ、クンパスなど湿地林特有の希少樹種が生育しています。現在、絶滅が危惧されているスマトラトラをふくむ多くの野生動物の生息地でもあり、およそ33,000人の住民が森林や河川の自然生態系に依存しながら生活をしています。
しかしいまや、アカシア植林のための植林事業権地は半島の半分を超える面積に及んでいます。生産されるパルプ材は地元の巨大な生産キャパを備える製紙工場に供給されています。下記地図の赤い箇所はAPP社(アジア・パルプ・ペーパー)が保有するアカシア植林地で、黄色はエイプリル社(Asia Pacific Resources International Holdings; APRIL)のものです。カンパール半島や河の南側に位置するケルムタン地域ではAPP社とエイプリル社の系列企業によるアカシア植林地が拡大しています。隣接するコンセッション企業によって森林への需要圧力はさまざまなので、慣習林の保護に対する意識も村によって異なります。トゥルク・ビンジャイ(Teluk Binjai)村についていえば、以前からエイプリルのグループ会社とのあいだで土地と森の権利をめぐるコンフリクトをかかえてきました。JATANは2005年以来、カンパール半島のいくつかの村を現地調査で訪問していますが、この村は当時からエイプリル社傘下のセララス・アバディ・ウタマ社(PT. Selaras Abadi Utama)との間で土地権をめぐる軋轢をかかえていました。
■トゥルク・ビンジャイ村
村が大規模森林開発から受けている影響は圧倒的で、村落林や農地が切り崩されることで社会的な周縁化も余儀なくされています。マラッカ海峡に注ぐ大河、カンパール河に臨むトゥルク・ビンジャイ村は村長のシャムスイール氏によれば、現在336世帯。以前は大半の村人が水田耕作に従事し、収穫の多い時には外の市場にも売りに出していました。およそ8割の村人は小規模のアブラヤシ農園かゴム園を所有し現金収入を得ています。しかし2009年にエイプリル社のグループ企業、RAPP (Riau Andalan Pulp&Paper) 社による進出がはじまり、水田面積が減少しました。RAPPは村が何世代も前から慣習的に利用してきた森林に重複する形でアカシア植林用のコンセッションを得て自然林の伐採と植林事業を開始しました。森はすべて会社に奪われてしまったのです。会社はその補償として、1,220ヘクタールの住民専用のゴム園の提供を約束しました。村長によれば用意された場所は深い泥炭地で本来、ゴムの栽培には不適だといいます。2010年にゴムの造園が完成したものの800ヘクタールにとどまり約束の面積に及びません。しかも土地に適した管理方法が提供されていないことから住民たちは根強い不満を覚えています。
対岸にある水田地帯を村の古老に案内されて視察しました。昔は売却目的で木材採取に関わる村人もいたといいます。しかしユドヨノ政権下で本格的な違法伐採対策がはじまると、村全体でコメの収穫に従事するようになりました。農繁期には人手を融通し合うなど相互扶助もあったということですが、いまでは大分、事情が変わってしまいました。RAPP社に働きに出かけるために耕作を放棄する住民が増えたというのです。会社の仕事と言っても単純な労働で、日当も決して十分な額ではありませんが、確実な現金収入は貧しい村人にとっては魅力らしく、伝統的な生業から離反する人が後を絶ちません。放棄された水田を見回しながら、古老の男性は、収穫時には水田が家族総出でにぎわっていたという往時を懐かしんでいました。
■Mutiara Binjaiは「ビンジャイ村の真珠」の意味
村でのミーティング、会社や地元政府との交渉事で女性が代表に加わることはめったにありません。伝統的なコミュニティの女性には一家の働き頭である夫の補助労働が当然のように期待されています。しかし圧倒的な開発の影響から周辺の環境や村の暮らしが急激に変わろうとしているいま、コミュニティが残された地域の自然に根ざした伝統的な生業をこれからも継承していくうえで、女性たちはとても重要な役割を演じています。健康や環境の劣化に対して強い懸念を持つ彼女たちは、調理や飲料用に使う河川水の状態や子供たちの口に入るコメや野菜などの食糧について無関心でいることはできないからです。2010年3月に女性のエンパワーメント支援に取り組むRiau Women Working Group(RWWG)というNPO団体のメンバーと一緒にビンジャイ村の女性グループを訪問しました。その名前をMutiara Binjaiといいます。「ビンジャイ村の真珠」という意味です。現在40名ほどのメンバーがいますが、活動旺盛な常連は約25名。彼女たちの会合には以降、何度か加えてもらっていますが、いつも活発な議論が交わされています。現在、Mutiara Binjaiは村で採れるパンダンという植物の葉を素材にした伝統的ハンディクラフトの制作に取り組んでいます。市場のニーズに少しでも合った品質とデザインを備えた付加価値の高い工芸品をつくることが目的です。高度な工芸品の制作を地場産業としている西ジャワ州のタシクマラヤ(Tasikmalaya)から著名な工芸作家を招へいし10日間の講習を受けました。作品のプロモーションと販売ルートの確保も今後の大切な課題です。将来、工芸品販売の収益で有機農業をはじめることを計画しています。実際に村の有志から1ヘクタールの土地を借り受け、整地を進めているところです。整地後にレッド・ジンジャーやアロエといった自然派化粧品の素材や薬草、有機野菜の栽培を手掛ける予定だといいます。
植林企業との交渉や、カンパール半島でにわかに進められているREDD(森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減)プロジェクトなど、村を取り巻く外部情報についても関心が高く、そうした講習会の開催も要望しています。メンバーの専門的なスキルと能力の向上を求めるインセンティヴは大変高く、Mutiara Binjaiのエンパワーメント支援は、開発の脅威を依然受け続けているトゥルク・ビンジャイの発展にとって重要な礎になるものと確信しています。
✜プロジェクトは公益信託地球環境日本基金の2011年度助成金を得て実施されています。
Mutiara Binjaiの活動とトゥルク・ビンジャイ村の様子~JATAN森林の写真ギャラリーより
JATANの現地カウンターパート
Riau Women Working Group(RWWG)