FSC関係修復プロセスの裏でいまなお続く人権侵害②

前回に引き続き、インドネシア北スマトラ州で紙パルプ用植林地を管理運営しているトバ・パルプ・レスタリ(Toba Pulp Lestari、以下TPL)社による人権侵害について、2025年8月に実施した聞き取り調査で得られた事例を共有する。

伐採により脅かされる人々の暮らし

前号で取り上げたにドロック・パルモナンガン集落に引き続き、企業が人々の暮らしにどのような影響を与えているのか聞き取りするため、北タパヌリ県の山間に位置するサブンガン・ニフタIV村に訪問した。この村で対応してくれたオペルさん曰く、この地域に住み始めた先祖から数えて自分が14代目であるという。この村の住民たちのほとんどが、安息香(kemenyan、または現地の言葉でHaminjon)の採取により生計を立ててきた。安息香とは、特定の樹種のから採れる樹脂のことで香水や線香などの原料として使われる。オペルさんの先祖が植えた木は400本ほどありそこから毎年60kgほど、またオペルさん自身が植えた1,500本ほどから毎年70kgほどが収穫できていたという。販売価格は品質により異なるが、キロあたり150,000〜280,000ルピア(約1,400〜2,600円)ほどで、純度の高いものであれば300,000ルピア(約2,800円)以上の値が付くこともある。これまでは安息香の採取により十分な収入を得られていたというが、ここ最近は収量が減っており、2024年は一年間で合わせて40kgほどしか採れなかったという。原因として、周囲の森林が伐採され大きな木が無くなってしまったことにより、木が風に煽られることで出てくる樹液の量が減ってしまったとオペルさんは考えている。

収穫した安息香、年に二回ほど収穫できる

この地域に企業がやってきたのは1990年頃であった。初めは道路の建設が行われたが、どのような目的であるかについて住民たちには知らされなかったという。その後、住民たちに伐採作業への協力を求めるようになり、一部の住民が対価を受け取ることで参加した。それからしばらくして看板が設置され、この地域一体が企業の権利保有地であることを住民たちは知ることになる。1994年から伐採が本格的に始まり、当時住民たちが栽培していた陸稲や安息香の木が次々と破壊され、現在に至っても続いているという。

伐採による影響はそれだけではない。集水地として保護されてきた森も伐採され、そこにユーカリが植えられた。ここから流れてくる水を住民たちは日常的に飲水や生活用水として使っており、それ以外にも下流に位置する数千世帯がその恩恵を受けている。しかし、1994年に企業がこの地域で伐採を始めた頃から川の水が濁り始めたという。また、企業がユーカリの管理に使っている農薬や除草剤、化学肥料などが川に流れ込むようになり、子どもたちが肌の病気を訴えるようになった。このような状況を受け、住民たちは県政府に水質検査を要望したものの、現在までに何の対応もなされていない。

上流域での伐採により濁ってしまった川

住民たちからの度重なる働きかけに対し、県政府からお米や支援金など短期的な援助が行われただけであった。聞き取りを行ったある住民は、「わたしたちは政府にお金や食糧を求めている訳ではない、ただ昔から使ってきた土地を使わせて欲しいだけなのだ。」と言う。今後、住民たちは州や中央政府にも県政府に対応してもらえるよう働きかけをしていきたいと考えている。

企業とコミュニティとの間で高まる緊張

最後に、先ほどの集落からほど近い場所に位置するオナン・ハルバンガン集落に訪問した。この集落の歴史は500年前まで遡る。この地域はもともとナガサリブ(Nagasaribu)と呼ばれていたが、かつては商業の中心として栄えていたことから、当時の王であるシシンガマンガラジャ(Sisingamangaraja)から「商業の中心地」を意味するオナン・ハルバンガンという名前が与えられた。インドネシアが独立するはるか前から存在している証拠を持つ、れっきとした先住民族である。しかし、政府からは先住民族として認識されておらず、人々の土地はこれまで法的に弱い立場にあった。

 この地域でも1994年以降、企業による伐採とユーカリ植林が始まった。住民のほとんどが慣習林での安息香の栽培・採取により生計を立てていたことから、長期にわたり企業と住民たちとの対立が続いてきたという経緯がある。その後、NGOによる支援もあり、2021年に先住民族の存在を公的に認める地方条例が発行された。また、翌年2022年には環境林業省(当時)より、住民たちが慣習林として主張している地域に対する法的な権利が認められたことにより、企業との土地をめぐる争いは解決したかのように思われた。しかし、2024年末、慣習林として認められた地域にすでに植えられてしまっていたユーカリを収穫させて欲しいと企業から話を持ちかけられた。住民側は、いま植えられているユーカリの収穫のみで、それ以降の再植林はしないという条件のもと許可したが、2025年2月、企業はこの合意を破って再び植林を始めた。これに対し、住民たちが現場に詰めかけて対話を求めたところ、企業側は話し合いに応じるどころか警備員をけしかけて住民たちに一方的に暴行を加えたという。

警備員からの暴行を受ける住民たち(BPAN)

関係修復プロセスの一時凍結

前回の記事でもお伝えしたように、TPL社の親会社であるロイヤル・ゴールデン・イーグル(以下、RGE)グループは、2023年以降、FSC(森林管理協議会)との関係修復に向けたプロセスを進めており、TPL社を含むRGEグループ全体として森林破壊や土地紛争などの問題を是正することが求められている。しかし、度重なる暴力事件をきっかけに、2025年9月末にFSCによりプロセスが一時凍結された。具体的には、シマルングン県で9月26日に起きたシハポラス(Sihaporas)と呼ばれる先住民族に対する大規模な襲撃事件が決定的な引き金となった。この事件では少なくとも34人の住民が負傷したと言われており、インドネシアの国家人権委員会(KomnasHAM)もTPL社による人権侵害を名指しで非難している

住民と対峙する企業の治安部隊(Forest Peoples Programme)

NGOによれば、TPL社は過去三年の間に上述の事例も含め5件の暴力事件を起こしているという。AMAN Tano Batakによれば、特定されている範囲で、TPL社との土地をめぐる紛争を抱えているコミュニティは36カ所にのぼる。APRIL社のウェブサイトによれば、現在、独立した第三者による調査が行われているとの説明があるが、現地での状況を知れば知るほど、同社が本当に当事者意識を持ち、土地紛争の解決に向けた取り組みを進めようとしているのかどうか疑問を持たざるを得ない。