熱帯林行動ネットワーク (JATAN)
運営委員 原田 公
「これからどうするかですって? わたしたちは明日から先のことなんて考える余裕などないのです。今日だって, どうやって食べていけるか?」住居も畑も2度にわたる強制撤去で破壊され, いまは会社の警備の目が届かない場所を選び, 息を潜めながら暮らすPさん(仮称)は, わたしたちの矢継ぎ早の質問にも心置きなく答えてくれた。ただ, 質問が一人息子の病気のことにおよぶと, それまでの気丈そうな声も途端に涙に曇らせた。重い腎臓病を抱える息子との仮設テント住まいはすでに5ヶ月を迎えていた。治療に必要な手術代を工面する余裕はない。息子が生まれる4か月前に夫を亡くした彼女は他所に身を寄せる親戚などもいない。母子は破壊跡地にとどまることを余儀なくされた。叔父から譲り受けたという畑で育てていたピナン(ビンロウ)は収穫寸前のところで重機によって根こそぎ潰された。いまは, 破壊から逃れた他人のキャッサバ畑から夜の闇に乗じてイモをかき集め, 糊口をしのぐ日々を送っている。
インドネシアの南スマトラ州で30万ヘクタール (東京都面積の1.35倍)にわたるパルプ材用産業造林地を管理・経営するムシ・フタン・ペルサダ社(PT Musi Hutan Persada: MHP)は、2015年3月に丸紅の完全子会社となった。その年の7月と翌年3月に, MHPは「コンセッション回復のために必要なアクション」(1)と称する, 国軍 (TNI)と警察の出動による強制的な排除をチャワン・グミリール集落で実行した。JATANでは昨年8月に同地を視察し, 被害住民を中心にヒアリングをおこなった。生活基盤を根本から奪う「管理」のあり方は企業が自社ホームページ等で謳っているCSR方針とはまったく相容れない非人道的な行為である。親会社の責任をもって解決に向けて主導的な役割をとるよう, 他NGOと連携し丸紅に対して住民救済の緊急性を訴え, 訴状を送るとともに, これまでに都合三回の会合を持った。ただ, 依然として丸紅とMHPは問題の当事者責任を拒みつづけている。一方で, インドネシアの環境・林業省が主導する解決策を進んで受け入れることを再三, 言明している。
1. 2回にわたる強制排除
2. ムシ・フタン・ペルサダ社とは
3. 管理能力を超える広大な植林地
4. 住民パートナーシップ事業の失敗
5. CSRサプライチェーン管理で求められること
1. 2回にわたる強制排除
1回目の排除
チャワン・グミリールはインドネシア・南スマトラ州のムシ・ラワス県, ブミ・マクムル村の下位行政集落である(Dusun Cawang Gumilir, Desa Bumi Makmur, Kabupaten Musi Rawas)。MHP社の広大な産業造林地の中に存在している。2015年7月7日, 集落住民のゴム園, キャッサバ畑(計約120ヘクタール)を数時間かけて, MHP社が雇った警備兵, 警察, 国軍(TNI)などから編成された100名規模の部隊が重機を使って破壊。この日, 土地紛争に関する情報収集のために現地視察していた環境・林業省(Kementerian Lingkungan Hidup dan Kehutanan : KLHK)のスタッフ2名と南スマトラ環境フォーラム(Walhi Sumsel)のメンバー2名が偶然, この破壊活動に遭遇。訪問の目的を告げ, 暴力的な排除活動をただちに止めるよう要請したところ聞き入れられず, 警察などから殴打などの暴行に遭い, MHPの警備兵からは脅迫も受けている。
その後, KLHKからMHPに対して抑圧的な紛争解決手段を取らないよう求める, 7月10日付文書(S.326/PHPL-SET/2015)が送られた。同様に, 州知事とムシ・ラワス県知事に対してもMHPによる土地の強制収用を停止要請するシティ・ヌルバヤ大臣名の通達(S.317/MenLHK-PSKL/2015)が出された(2)。
2回目の排除
2015年は, 恒常的に森林火災に見舞われているインドネシアにとっても近年まれに見る大規模火災が発生した年であった。南スマトラ州でもこの年, アブラヤシ農園やパルプ用のアカシア造林地内から深刻な火災が多発した。9月に発生したMHPコンセッション内の森林火災は28, 323ヘクタールにも及び, 環境フォーラムの報告によれば, チャワン・グミリール集落もこの煙霧被害に巻き込まれたが, いちど退去してしまえばそのまま資産を奪われかねないという懸念を抱いた住民たちは集落内にとどまることを選んだという。
そんな中, 2016年3月8日, KLHKの森林保全・安全保障局局長(Direktur Pencegahan dan Pengamanan Hutan)とムシ・ラワス県林業局長(Kepala Dinas Kehutanan) がKLHK内で会合したことを報じるニュースが流れる。記事には, 森林保全・安全保障局がMHPの強制排除を承諾したとある。その後間もなくして, MHP, 県林業局はKLHKによる通達命令を無視する形で再度, 土地の強制収用を開始。3月17日, 「2016 年保全林地域返還統合チーム(Tim Terpadu Pengembalian Kawasan Hutan Konservasi 2016)」と称する, MHP, 県林業局, 警察, 国軍による総勢200名規模の混成部隊がチャワン・グミリール集落に押し寄せ, およそ1, 500ヘクタールの強制土地収用を始めた(中司 2016)。「集落の建物の取り壊しを遅くとも3 月28 日に実施する」ことを通知する警告文が家屋正面に張られる。最大で11台の重機が出動し, 住民のゴム園, キャッサバや陸稲の畑ばかりか, 3月30日までに「イスラーム礼拝所を除き, 集落の全民家, 小学校, 太陽光発電施設などが完全に破壊」された(3)。二回目の強制排除により, 約200 世帯の人びとが代替地はおろかの収容施設の提供もないままに労苦の末に築き上げた住居から立ち退かされた上に, 生業の手段を完全に奪われた。
MHPは収用跡地にユーカリの苗木を植栽, 「保全地域(kawasan konservasi)」を記す看板をつぎつぎに立てる(4)。この時点ではじめて, 住民たちは集落一帯が, 会社が指定した「保全地域」であることを知らされたのだった。
避難生活のなか救済を待ちつづける元住民たち
JATANが現地を訪問した2016年8月中旬, チャワン・グミリール住民約50世帯は, 13キロ離れた上位村のブミ・マクムル村の一画に破壊された家屋の廃材を用いて建設した小屋で避難生活を送っていた。チャワンでの生活を奪われた住民たちの中にはすでに生活費が底を突き仕事を求めて他県などに親戚などを頼って離れていった者たちも多いということだった。主たる生計手段を絶たれた住民たちは, マクムル村の知り合いなどから食糧の支援を受けたり, 日雇いの仕事をあてがわれたりするなどしているが, 依然, 困難な状況に変わりはない。元の集落の小学校に通っていた約50 名の生徒の中には, 通学をあきらめた子供たちもいる。被害住民たちはジョコ・ウィドド大統領に帰村実現の請願書を送ったり, 9月にはジャカルタのKLHK省庁舎前で座り込みによる抗議行動を敢行した。
強制排除の「理由」
チャワン・グミリール集落の周辺では2000年代半ばから農地を求めて他所から人々が集まりはじめた。比較的に短い期間に植林事業地内に新しくつくられたコミュニティである。およそ245世帯, 800名弱が農作物の栽培などで自律的な生業を営んでいた。県政府から2013年に, 産業造林型移住村ブミ・マクムール村(Desa Bumi Makmur (SP 6))の下位行政単位「集落(Dusun)」としてのステイタスを与えられた(KLHK, et al. 2014)。ただ, 丸紅側は 公式に登録された行政村として認めていない。「或る実力を持った人間が非常にアグレッシブな形でどんどん開発を拡大させていく中で, 南スマトラ州以外から強制的に人を呼び込んで住まわせた」と述べている。また, 集落がある約1, 500ヘクタールの土地は, そっくり「保全地域」の中にふくまれており, 生息する野生ゾウのコリドーにあたっていることから, コンセッションの「管理」を進めるべく問題を排除する方策をムシ・ラワス県林業局に相談する中で県林業局が主導的な役割を執って排除を実行した, というのが丸紅の主張である。
集まってきたのは主に近隣の土地なし農民たちだった。その中にはジャワ島などからトランスミグラシ(中央政府による移住政策)で移住してきた労働者の後世代たちもふくまれる。MHPの雇用者や植林事業に関わっている住民はいない。現地住民からのヒアリングによれば, 2007年時点で, 一帯には「豊かな森林はなかった」「荒蕪地」だったという証言がある。土地を持たない人たちがわずかな食い扶持を求めてアカシアなどの植林がされていない叢地に入植をはじめたというのが実態だろう。一帯がMHPのコンセッション内であることを多くの人たちは結果的に理解するのだが, 今回の強制撤去の主要な理由とされている, 野生ゾウのための「保全地域」だったという認識はなかった。
丸紅と県林業局などが強制排除のもうひとつの口実として挙げているのが, チャワン集落をふくむブナカット・セマングス(Benakat-Semangus)のエリアで違法な土地転売に暗躍していたという外部のチュコン(政治利権を持つ華人系商人)や悪徳政治家の存在である。こうした政治的な影響力を備えた外部のアクターたちは, MHPのコンセッション内に存在するおよそ1,200ヘクタールのアブラヤシ農園を所有している。チャワン集落の強制排除の際, アブラヤシ農園は強制収用の重機は入らなかった。インドネシア環境フォーラムは, この放置をもって, MHPの管理責任を批判している。
2. ムシ・フタン・ペルサダ社とは
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広大なコンセッション
MHPはチャワン・グミリール集落があったムシ・ラワス県をふくめ7つの県にまたがって存在している。その造林事業権(Forestry No. 38 / Kpts-II / 1996 dated January 29, 1996)を取得している面積は296, 400ヘクタール, 東京都の面積の1.35倍に相当する。事業ブロックは3つのエリアに分かれる。①ブナカット地区(約222, 450ha), ②スパンジ・リジ地区(約120.740 ha), ③ムシ·バニュアシン地区(約104, 100ha)。インドネシアの産業造林事業許可(HTI)の大規模保有者のうち, MHPは海外資本でありながらエイプリル社の子会社であるリアウ・アンダラン・パルプ・アンド・ペーパー(RAPP)やAPP系列のアララ・アバディなどに次いで第4位に位置する(藤原ら2015)。
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日本のODAとの関わり
現在のムシ・パルプ事業は, 植林材サプライヤーのPT. MHPとパルプ生産を担うタンジュン・ウニム・レスタリ社(PT. Tanjung Enim Lestari :TEL)という二つの中核的な事業によって丸紅が専権的に進めているプロジェクトだが, その起源では日本政府のODAが深くかかわっていた。インドネシア政府が林業技術支援を日本政府に要望したのをきっかけに国際協力事業団(現JICA)は, 「自然環境の保護育成を図るための, 森林造成に関する技術協力」として, 1975年から基礎調査を含む南スマトラ(ブナカット)森林造成開発協力を実施。適応樹種の選択や植栽技術の移転などが行なわれた。その後1988年から2年間, JICAはブナカット地域での試験造林を踏まえ, 「より大規模な産業林を目指して」, フィージビリティー・スタディ(適用可能性調査)を実施して同地域での産業造林用の適地約27, 600ヘクタールを抽出するなど, 産業造林実施のための地ならしを進めていった。当初, 南スマトラの荒蕪地を対象に掲げられていた環境復元の目的が, 1988年を境に産業造林という経済本位のそれへと変容していく。JICAによる一連のプロジェクトは, エニム・ムシ・レスタリ社(PT Enim Musi Lestari: EML)へと引き継がれていく。スハルト政権に近い木材ビジネスのコングロマリット, バリト・パシフィックグループの総帥プロヨゴ・パングストゥ(Prajogo Pangestu)が率いるEML社は1990年, ムアラ·エニム県を中心に大規模な産業造林を開始。翌年, 国営企業のインフタニV(Inhutani V )と合弁しPT. MHPが設立された。MHP社は1996年に, 当時の林業省から南スマトラ州の5県にまたがる296, 400 ヘクタールの産業造林用のコンセッション(No. 38/Kpts-II/1996)を取得する。丸紅は2003年からMHP社の経営に参画し, 2005年に経営権を取得(5)。2015年3月に完全子会社化された。
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パルプ事業の TEL
一方, パルプ生産事業を担うTEL社は1997年に稼動した。TEL社は日本とインドネシアの合弁事業から始まっている。以下, 1999年5月に発行の『JATAN NEWS』38号に掲載された記事「インドネシア・スマトラパルプ問題-これまでの流れ」からの抜粋である(JATAN 1999)。なお, 現在TEL社の株は現在, 丸紅が85%まで保有している。
この計画はインドネシアの南スマトラ州, ムシ川流域の約22万haの“焼き畑等による荒れ地”にアカシアマンギューム(熱帯産アカシア)を植林し, それを原料とするパルプ工場を建設して輸出につなげるというものである。海外経済協力基金(OECF)は, 出資側の立場からこの計画を「環境保全事業」と呼んでいる。パルプ工場建設事業の実施会社は, 日本・インドネシア合弁のタンジュン・ウニム・レスタリ(TEL)社。所要資金は全体で約10億ドルで, 日本側は「スマトラパルプ株式会社 (SPC社)」という投資会社を通じてOECF45億円, 丸紅47億円, 日本製紙8億円の計100億円を出資。また日本製紙はTEL社に対して技術援助を行い, 丸紅はTEL社のパルプ製品を引き取って日本国内で販売することになる。(中略)インドネシア側からは, 同国最大の木材企業グループで華人系財閥のバリト・パシフィック社と, スハルト大統領の長女の持ち会社であるチトラ社がそれぞれ1億ドル(約100億円)ずつ出資する。事業全体の所要資金は約1000億円で, 上記日本とインドネシアの出資総額以外の不足分は, 国際的に銀行融資団体から調達している。現在わかっているだけでも, 欧米・アジア地域11カ国の企業がこのプロジェクトに関わっている。OECFの出資が, 国際的な資金調達の呼び水の役割を果たしている。
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「環境保全」の意味するもの
「アジアにおける唯一の100%植林原木を使用した, 環境に優しいパルプ製造事業」というMHPとTELの両輪はいずれも, 事業推進の前提として「環境保全」を謳っている。ただ, こうした開発アクターと伝統的な生業をつづけたい住民とのあいだには「環境」をめぐるフレーミングギャップが潜在する。開発アクターが自らに都合のよいフレーミングでおこなったプロジェクトのおよぼす社会的な影響について, 安部は以下のように論じている(安部 2002)。
1995年にOECFがTEL社へ出資を決定する際, ムシパルプ事業のもうー本の柱であるMHP社のアカシア植林事業の環境及び社会的影響は考慮されなかった。当時, MHP社の植林事業は, マルガの村落共有を伐採し森林火災の原因と目されるなど, 多くの問題を抱えていたことは前述の通りである。しかもその植林事業は40万ha(6)を超える広大な土地と森を住民から囲い込んで行なわれたのである。MHP社による産業造林事業とTEL社のパルプ工場とはー体不可分だったにもかかわらず, OECFは出資するTEL社の環境・社会影響しか考慮していない。仮にTEL社のパルプエ場が環境アセスメントの通りクリーンだとしても, そのカウンターパートの植林事業がダーテイなものであっては,「環境保全型」事業とみなすことはできない筈である。
3. 管理能力を超える広大な植林地
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多発する土地紛争
土地問題を扱うNGOの土地改革コンソーシアム(Konsorsium Pembaruan Agraria)によれば, 2016年前半期だけでインドネシア全土で270件もの土地紛争が発生したという。ちなみに2015年は252件で, 企業が原因の紛争(35件)が国軍(16件)や警察(21件)が原因の紛争をはじめて上回った。また, 2015年の紛争地域は農園プランテーションセクターが最も大きな紛争面積を占めており(302,526ha),次いで林業セクターが52,176haだった。
インドネシアでは事業許可(コンセッション)が発効されている, 生産林を主体とする林地面積約3, 500万ヘクタールのうち, 天然林伐採(68.6%)と産業造林(28.0%)が合わせて96.6% を占め, 事業許可の大部分は, 天然林伐採と産業造林のために企業に交付されている(藤原ら 2015)。MHPの場合, 外国資本でありながら30万ヘクタールという広大な植林可能な面積を付与されている。
丸紅はMHPコンセッション内および周辺に83のコミュニティが存在すると述べている。こうしたコミュニティの多くでMHPとの間で多くの土地使用にかかわるコンフリクトが起きていると考えられる。会社が造林可能とみなす土地には, 「マルガ(marga)」と呼ばれる先祖を共有する親族共同体が伝統的に使ってきた慣習地など, 住民たちが慣習的に使用してきた土地が存在するからだ。環境フォーラムのまとめではMHPコンセッション内で28件の紛争事例が列挙されている(WALHI 2016)。この中には先住民コミュニティのマルガの土地ばかりかトランスミグラシの村の事例もふくまれている。最近の事例としては, チャワン集落のあるムシ・ラワス県やオガン・コメリン・ウル(Ogan Komering Ulu)県で大きな紛争が起きている。「これだけの土地を一企業が囲い込み, 一世帯4ヘクタール程度(強制退去後, 避難民がたち返還を要求した土地面積)の小農のわずかな土地所有が叶わない現実をどのように見ればよいのか」(笹岡 2016)。
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産業造林型移住プログラム
広大なエリアで植林事業を進めるための労働力を確保するためにMHP社は1992年, 産業造林型移住プログラムを導入した。ムシ・ラワス県には6つの産業造林型移住村(transmigration village)が存在している ― Trianggun Jaya(Satuan Pemukiman(SP)5), Bumi Makmur(SP6), Pian Kingdom(SP7), Harapan Makmur(SP9), Sindang Mukti (SP10), Karya Raya (SP11)。このプログラムでは移住者は1.25ヘクタールの土地(1ヘクタールは農地, 0.25ヘクタールは居住地)が世帯ごとに与えられる。この農地に多くの住民がゴムを植えていたが, これでは日々食いつなぐのが精一杯であるため, 追加的な収入を得るために企業の農園に従事する場合もある。しかし, 労働者として従事することで得られる給料はわずかで, 最低賃金の半分にも満たないという(WALHI 2016)。
産業造林型移住プログラムの政策の瑕疵をNGOや研究者は指摘する。住民に一世帯あたり1ヘクタール分のゴム林樹液採取権が与えられるが, ゴム林自体の伐採・利用権は会社が保持したままである(横田ら 1996)。移住者の家族が増え, 世帯数も増えていく段階で与えられたゴムの収益だけでは到底足りない。こうした予測が移住プログラムに盛り込まれていなかったことから, 本来の制度目的からすれば「逸脱」するようにコミュニティが拡大していった。
4. 住民パートナーシップ事業の失敗
MHPのコンセッション, とくにもっとも大きなブロックのブナカット地区には, 「マルガ」の共有地が広く存在しており, 歴史的にMHP社との間でさまざまなコンフリクトが多発してきた。
コミュニティとのあいだの土地をめぐる紛争を回避する手段としてMHPは二つのパートナーシップ事業(Kemitraan)をおこなってきた。「コミュニティ協働森林管理(Mengelola Hutan Bersama Masyarakat: MHBM)」はコンセッション内の土地について地域のコミュニティが会社のアカシア造林の育成を担う代わりに植栽列間でトゥンパンサリ(tumpangsari)と呼ばれる農業間作をおこなうスキームである。もうひとつの「住民森林管理(Mengelola Hutan Rakyat: MHR)」はその対象地がコンセッション外の住民の土地とされるもので, 仕組み自体はMHBMと同じである。各スキームの利用面積はMHBMが80,000 ha, MHRが5,000ha。ただ, 分収率の配分が企業側に偏っていて住民側は期待通りの収益を得られない, 配分をめぐっては住民メンバー間でも不公平が生じやすいなど, 協働スキームはこれまでに多くの問題点が指摘されてきた。じつは, 同種の協働事業は二回目の強制排除の後,チャワン集落の避難住民たちに対してKLHKの一部から提案されている。二回目撤去後の2016年4月7日, ムシ・ラワス県近接のルブク・リンガウのホテルで, KLHKの社会林業・環境パートナーシップ局 (Perhutanan Sosial dan Kemitraan Lingkungan: PSKL), 県林業局, 住民NGO, 企業を交えた会合が開かれ, コミュニティ林業プログラムによる支援, 破壊した住居の補償などについて話し合われた。会合ではMHPとの協働によるパートナーシップ事業の提案がされた。しかし, 現地ヒアリングによると, 早生樹人工林との混植が自分たちのキャッサバ栽培の生育には不適と判断した住民たちはこれを拒否したという。
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農民を置き去りにした土地の囲い込み
チャワン・グミリール集落の住民たちは強制排除されるまで, 植栽林の盗伐や野生動物の違法な採取などに関わってきたわけではない。ようやく土地との強いつながりを持つことができた農民たちである。およそ1, 500ヘクタールの土地を自律的に管理し, キャッサバやゴム, 陸稲などの栽培を通してモスクや小学校, 発電施設などを整え, コミュニティとしての社会インフラを段階的に構築していった。政府の助成などに頼らずに経済的な自立をすでに確立していたのである。今回の排除が深刻な貧困をあらたに創出したことは間違いない。環境フォーラムは, 衛星画像を使った調査をもとに, 30万haのうちじっさいに植林がされている面積は17万ha弱に過ぎないと述べ, 大面積の土地が管理から見放された状態であることから, 政府の産業造林事業政策の理念と役割をMHPが達成できずにいると断じている(WALHI 2016)。ただ, これはなにもMHPに限らない。インドネシア全体においても, これまでに発効された産業造林コンセッションによって大規模な土地の囲い込みがされてきたが, 実際に植林活動がおこなわれているのは全体の半分以下の45%に過ぎない。こうした事情を受けて中央政府は, 2015 年環境林業大臣規則第 12号を発令し, 企業は産業造林コンセッションエリアのうち少なくても20パーセントを地域住民主体による管理に委ねなければないことを決定した。
5. CSRサプライチェーンで求められること
グローバル規模で事業を展開する丸紅にとって, サプライチェーンの管理は喫緊の課題である。その長大な調達網上で人権に関わる深刻な問題が生起していないかチェックし管理する課題を丸紅をふくむグローバル企業が国際社会に対して課されている。同社は「サプライチェーンにおけるCSRガイドライン」の「人権尊重」で,
● 人権を尊重し, 差別・各種ハラスメント・虐待などの非人道的な扱いをしない。
● 児童労働, 強制労働, 不当な賃金の減額, 不当な長時間労働を行わない。
● 労使間協議の実現手段としての従業員の団結権及び団体交渉権を尊重する。
の三点を挙げている。
日本の企業では これまで人権 といった際に, 本来の事業活動とはかけ離れて, 職場のハラスメントや労働環境の是正といったように, その理解は比較的狭い範囲にとどまる傾向があった。CSRサプラーチェーンの強化を謳う企業でさえ, 原料調達に絡む人権問題は生産を委託している現地国の国内法規によって処理されるべき問題として認識しているところも少なくない。ただ, 「企業と人権」に関する国連の国際基準ではその具体的な取り組みとして「ビジネスと人権に関する指導原則」によってCSRサプライチェーンの管理に人権デュー・ディリジェンス(人権に関する負の影響を認識し回避・緩和するために実施すべきプロセス)を導入することを企業に求めている。 「人権」の認識や定義はより広範なものへと変わってきているのだ。丸紅も,「 国連「国際人権章典」(世界人権宣言および国際人権規約)、国際労働機関(ILO)「労働における基本原則および権利に関する国際労働機関(ILO)宣言」、国連グローバル・コンパクト10原則などの人権に関わるすべての国際規範を支持します」と宣言している。
現地で実際に起こっている土地紛争などの人権問題は非常に多くのアクターが関与している現実がある。地域の特性や土地収奪を被る住民コミュニティの歴史的な背景, 内部の利害軋轢といった要素が錯綜するケースも中には存在する。消費地からはるか遠方の途上国と長大なサプライチェーンで結ばれている場合, そうした可視化することの難しい問題にどう取り組むかは企業にとって大きな課題だろう。ただ, 丸紅のパルプ事業について言えば, MHPもTELでもグループ傘下の会社であり, たとえば, 現地の二次, 三次請負へと委託されるアウトソーシング事業と比べればサプライチェーンに対する責任の度合いは途方もなく大きい。原料生産現地においてこそCSRの有効な実行がもっとも必要とされているのだ。彼岸のサプライチェーン上流でビジネスの持続可能性に関わるレピュテーションリスクが高まっている状況であることを認識し, 一刻も早い紛争解決に向けてイニシアティヴを発揮されたい。
【注釈】
(1) JATAN, FoE Japanと丸紅との第二回会合(2016年11月10日)にて。なお, 後述するように丸紅側は「強制排除」という認識を持っていない。
(2) 2016年10月14日に東京の丸紅本社で行なわれた最初の会合の中で丸紅は, KLHK職員とWalhiメンバーが受けた暴行事件について, 「最初に身分を明かさずに現場に現れ, 重機の前に立ちはだかり, 安全面で懸念される出来事があったため別の場所に誘導した。そのやり取りのなかで話し合いが難しい状況であったと聞いている」と述べている。また, MHP社と州政府・県政府に送られたKLHKの通達について, 「詳細は認識していない」と答えた。この後, FoE Japanから丸紅に対して, Walhi Sumselから入手した通達のコピーをメールの添付で送付した。
(3) 丸紅は、家屋の解体と資材の運び去りは与えられた猶予期間に住民みずからがおこなった。また、小学校も太陽光発電設備も県行政が正式に認めたものではないと主張している。
(4) 丸紅は第ニ回会合でこのユーカリ植栽に関して, 「保全地域にローカル種(フタバガキ種や「イーグルウッド」)を育林するために, その保護的な措置としてユーカリを植えている。商業目的ではない。『原生林』が育ちやすくなるように『シェード』をつくるために前もって植えている。もともとMHPがコンセッションを取得した時点で, ゾウの生息域として保全地域に指定されている」と説明している。
(5) 1990年代, MHPは「森林再生基金(Dana Reboisasi )」の最大の受益者だった。193, 500ヘクタールのアカシア植林を行ったと報告したが, 実際には118, 000ヘクタールのみしか達成できていなかったことが発覚。国庫に3, 310億ルピアの損失をもたらしたという(Barr, et al. 2010)。2005年, 丸紅は, 負債を引き取ることを条件にMHPの権益を60%取得(Pirard & Mayer 2009), ムシパルプ事業の経営権を取得した。
(6) 法的に林地指定されていない, 既存の集落や道路, 河川などをふくめた総面積はおよそ40万ヘクタール存在する。
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横田康裕 & 井上真 (1996) 「インドネシアにおける産業造林型移住事業: 南スマトラにおける事例調査を中心として」東京大学農学部演習林報告
横田康裕 (2014) 「インドネシア林業公社による住民協働森林管理制度の『住民のための林業』 実現への貢献可能性:『結果』 と 『プロセス』 の視点から」(Doctoral dissertation, University of Tokyo (東京大学))