JATAN運営委員 原田 公
国際的な人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は2025年5月4日に、現地レポート『ブルドーザーに立ち向かう:マレーシア・サラワク州で木材産業に抵抗するイバン先住民族』を発表した。その後、ルマ・ジェフリー(Rumah Jeffery)のコミュニティはどうなっているのか、JATANは同年8月にSADIA Mukahのマテック・ゲラム(Matek Geram)氏の案内で同地を訪問した。
ルマ・ジェフリーに強制退去を命じる州政府の通達
ゲラム氏の実家があるバリンギャン(Balingian)からクルマで5時間ほど、地元でベラウイット河(Sungai Belawit)と呼ばれる河にかかる橋に着く。2年半ほど前にゲラム氏が、アナップ・ムプット周辺のコミュニティの状況を視察したいという日本の商社を案内したときはルマ・ジェフリーまでクルマで行くことができたようだ。しかし現在はここから先の道路はゼッティ(Zedtee)社が補修工事を更新していないためクルマでは行けないという。橋のたもとから河岸に降りると村の人たちがすでにボートを用意して待っていてくれた。ただ、水位が低いためボートの航行は困難。道中のほとんどは川底を歩く徒渉だ。
橋から一時間半で到着。早々に、慣習法長のニュラン・インバン(Nyulang Imbang)氏、ロングハウス家長のジェフリー・ナン(Jeffery Nang)氏が司るゲストの歓迎セレモニー(“miring ngalu”)で迎えてくれた。7世帯、50人が暮らすルマ・ジェフリーのロングハウス。そこには終始、住民どうしの活気のある会話、子供たちのにぎやかな笑い声が絶えず、豊かで満ち足りた空気が横溢しているように思えた。また、農園には実をつけたばかりのコーヒー豆、収穫を待つペッパーやトウモロコシの畑が広がる。綺麗に除草、清掃された菜園を見れば、住民たちが日頃から丹精込めて手入れしていることがわかる。
ゼッティー社の「回答」
ただ、限られた資源を使って自律的な生計を営むロングハウスの人々にとって強制退去を迫る公権力の存在を意識せずにはいられない日常もまた、そこにある。サラワク州森林局がルマ・ジェフリーに対して発出した2022年10月14日付の退去通告NOTIS PENGOSONGAN DI KAWASAN ANAP PROTECTED FORESTは、期限がとうに過ぎたいまも依然として、人々の心理と暮らしに暗い陰を投げかけている―「現在も住民は留まっているが、立ち退き命令は有効であり、いつでも執行可能だ」。通告は、先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)ならびに「影響を受ける人々の所有権や土地保有状況に関わらず」強制立ち退き(forced eviction)を禁じる国際人権規約などの 国際人権法で保護されている人権、生活権、居住権をことごとく無視した、脅迫としか言いようのない代物である。
アナップ保護林区域内に、ロングハウス構造物を建設し農業活動を行うことにより、占有・不法侵入を行ったことが判明しました。これは2015年森林条例(第71章)第26条に違反する行為であり、同条例の以下の規定に基づき起訴される可能性があります。本通知受領日より30日以内に、当該区域内にある貴殿に属する全ての建造物、作物及び財産を撤去、解体し、かつ除去しなければなりません。所有者が上記措置を講じない場合、追加通知なく所有者及びその関係者を対象とした法的措置が取られます
ゼッティ社はHRWの質問に対して2025年2月25日付の回答書”Re: Rumah Jeffery, Anap Muput FMU and Anap Belawit Management Area”を送付している*。回答書はビジネス・人権リソースセンター(BHRRC)のサイトで閲覧することができる。同社はアナップ・ムプット森林管理区(Anap Muput Forest Management Unit: AMFMU)とLPF/0039をふくむアナップ・ベラウィット管理地域(Anap Belawit Management Area: ABMA)における施業と管理の正当性を繰り返し強調するとともに、2015年森林条例(Forests Ordinance 2015)第26条に違反したとして保護林内の伐採をおこなった住民たちを告発している。そこでは、先住慣習地におけるZedteeによる開発の脅威に怯える住民たちの主張とはおよそかけ離れた陳述がなされている。
*HRWのレポートではゼッティ社からは「公開時点で回答はなかった」と書かれているが、BHRRCのサイトには2025年2月25日付の回答書が5月29日に掲載されている。
ゼッティは、2020-2021年の「移動制限令[マレーシア政府がコロナ禍におこなった活動制限]」期間中、ジェフリー及び同僚が同社の雇用下にあるにもかかわらず、ゼッティの許可や州森林局(Sarawak Forest Department)の認可を得ずにSungai Sepulauの現場を伐採するために林業用トラクターを無断使用させた監督上の過失があった。住民によるZedteeに対する行為は窃盗に等しく、アナップ保護林(Anap Protected Forest)における伐採は2015年森林条例第26条に違反した
管理の不全を認める一方で自らを「被害者」と装うかのような振る舞いは、住民たちを犯罪者に仕立てるための老獪さがうかがえる。じじつ、ゼッティから「不法占拠」の報告を受けた森林局はZedteeの申し立てをそのまま受け入れる形で上記の通告を発出した。
HRWのレポートには2022年5月にZedteeの森林管理者がロングハウスを訪問した際の家長Nang氏の証言が記録されている。
(Nang氏によれば)森林管理者が同社による伐採計画を伝えたが、舗装されたアクセス道路と村への水道管敷設という形で補償を約束したと述べた。さらに、コミュニティの各世帯が5本の木を指定すれば、Zedtte社が伐採作業から除外すると説明されたという
しかし、ゼッティは回答書のなかで家長が主張する論拠を批判している。
ゼッティによる「舗装されたアクセス道路と村のための水道管という形の(補償)……や 各世帯が5本の樹木に印を付けるならば、伐採が許可された場合でもゼッティは伐採しない」という同社がおこなったという提案の彼の主張は、想像と、彼らが我々の監視下にあるアナップ保護林内に位置する正式に設定された永久林(Permanent Forest Estate: PFE)を不法に開墾・占拠したことから自認された権利もしくは特権に基づく要求であった
≪不法占拠者≫を生み出す見過ごせない政治的権力の格差構造
もうひとつ、ゼッティの回答で見過ごすことができない申し立てはルマ・ジェフェリーの先住性を否定する件(くだり)である。8月の訪問時に家長Nang氏をはじめとする住民たちは、1930年くらいから当地に居住していると証言した。それ以前は、先祖はシブ(Sibu)の近くに位置するエンタバイ(Entabai)に住んでいた。その後、ボートを使ってカピット(Kapit)に出てから徒歩でこの地にたどり着いたという。しかし、ゼッティの回答書では、イバン人のコミュニティがアナップ・ベラウィット管理地域一帯に最初に定住したのは早くて1964年と述べられている。この定住時期のずれは、サラワク州の「土地法(Land Code)」における土地分類にも関わってくる。「土地法」では「先住慣習地」とは、先住慣習権(Native Customary Rights: NCR) が1958年1月1日以前に合法的に成立している土地と規定されているからである。つまり、「先住慣習地」は1958年1月2日以降に基本的には設定できない。ゼッティはルマ・ジェフェリーが主張する先住慣習権は法理上存在し得えないと述べているのである。
ルマ・ジェフリーの先住性を認めないZedteeの姿勢は、「Jeffery[家長のナン氏]は、土地を開墾し、周辺の原生林を「先住民領土領域( “Native Territorial Domain : NTD”)」、(イバン語で「プラウ・ガラウ(Pulau Galau)とプマカイ・ムノア(pemakai menua)」として広く知られる)として主張し、森林管理者から補償を求めるというよく知られた戦術を取った」などという差別的な言説にもあらわれている。
「紛争木材」はどこに行くのか?
ルマ・ジェフリーに対して強制的に立ち退かせる措置が取られれば、国際的な人権規約から大きく逸脱すること明らかである。EUDR(森林破壊防止規制)が今年末から執行されようとしている現在、木材の関連企業は人権デューデリジェンスを適切に実行すること求められている。アナップ・ムプット森林管理区を原料生産地とする木材製品(合板)の多くは日本の市場に届いている。皆伐が許可されるLPFでも伐採された木材が木材ペレットをふくむ製品の原料に使用される可能性がある。受入れ企業はみずからの責任において現場を視察したうえで調達のあり方を検証してほしい。 ■