日本にやってくる熱帯林産物の原料生産にともなう土地収奪と森林破壊―サラワク(マレーシア)と西カリマンタン(インドネシア)の現場から―

※こちらはhttps://www.jatan.org/report/からの移植記事です。

熱帯林行動ネットワーク(JATAN)

2022年9月

1. 結論

要約 — 熱帯材合板への依存は変わっていない

2016年、2017年、2018年、2020年と過去四回にわたって公表したJATANのレポートではおもにサラワク産木材製品におけるさまざまな問題や影響について概説した。われわれは日本の住宅産業のサプライチェーンに連なる各企業に情報を提供し、かれらが使用している合板製品の原料調達にともなう現場の問題に注視するよう要望し、また、調達現場の環境・ 社会面の悪影響を未然に防ぐための調達方針を立案・実行するようもとめてきた。今回のレポート「日本に来る熱帯材合板の生産にともなう土地収奪と森林破壊―マレーシア・サラワクとインドネシア」では、タイトルが示すように調査と分析のスコープをサラワクだけでなくインドネシアにも広げ、また、これまでのように企業のアンケート結果の評価に加えて、両地域の現地視察による調査報告を盛り込んだ内容となっている。

今回のアンケート依頼に対してわれわれがキャンペーンの対象としてきた65社のうち21社から回答をいただいた。ただ中には「社内の内情に関するアンケートには回答できません」と回答自体を拒否した企業(朝日ウッドテック)もふくまれる。まず、このゼロ回答の企業もふくめ21社には、われわれと対話の労を取っていただいたことに感謝する。回答結果とわれわれの評価が今後、少しでも業界内で共有され、熱帯材調達の意味のある解決に資すること願う。

今回の企業アンケートでは、後述するように、一部、質問項目を改変したために、その結果をこれまでのアンケート結果と一概に比較できない。大きな変更点はNDPE方針に関する質問を加えさせていただいことである。NDPEに関する四項目の回答内容の違いが、評価ランキングの順位を前回から変動させた要因のひとつと考えられる。今回のトップ3は大和ハウス、積水ハウス、積水化学工業の三社が占めている。これら住宅メーカーはいずれも、四項目すべての禁止をそれぞれの調達方針の中にふくめていると回答している。

ここでNDPEについて簡単に触れておく。NDPE方針への誓約を最初に公表したのは2013年のウィルマ―(Wilmar)といわれている。いまでは、日本の不二製油、日清オイリオ、花王、伊藤忠商事などをふくむ多くのパーム油関連企業が NDPE 方針に基づく調達を進めようとしている。熱帯材合板の世界取引規模はパーム油のそれに比べればはるかに小さい。しかしそれは、日本の木材関連企業が脱炭素や人権保護などの指標を掲げるNDPE 方針を無視してよい口実とはならない。莫大な需要と消費を抱える日本はいぜんとして熱帯材合板の取引で世界的なキープレーヤーだからだ。

NDPE 方針には「森林減少禁止、泥炭地開発禁止、搾取禁止(No Deforestation, No Peat, No Exploitation)」と三つの「禁止(ゼロ)」から構成される。ただ、三つ目の「搾取ゼロ」の中には国連責任投資原則(UNPRI)が提言の中で述べているように、たんに児童労働や強制労働といった労働搾取の禁止以外にも、世界人権宣言、土地保有権、FPIC(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意)などの住民の権利尊重がふくまれるべきものとされている。JATANが使用停止をもとめている熱帯材合板の生産拠点サラワクでは、伐採会社やアブラヤシ農園企業による一方的な土地収奪がいぜん横行している。こうしたことから、今回のアンケートでは、NDPE 方針に関連する質問で、森林破壊ゼロ、泥炭地開発ゼロ、強制労働・児童労働の禁止、地域住民・先住民の権利尊重の四つの項目に分けて回答をお願いした。

今回のアンケート回答で特筆すべきことの一つとして、野村不動産、三井不動産の二社がはじめて回答に応じてくれた点が挙げられる。2018年に三菱地所、東急不動産、野村不動産ふくむ不動産大手と建設ゼネコンの八社が「人権デュー・デリジェンス勉強会」を発足させた。上記二社のアンケート回答はこうした動きを受けた結果であると推測する。ただ、これら不動産企業の回答を見てある懸念が残る。サラワクおよびインドネシア由来の木材取り扱いの質問に対して三菱地所、東急不動産、野村不動産、三井不動産のいずれもが無回答だった。大手デベロッパーは、商業施設やコンドミニアムなどに使用される木材・木材製品を選定する責任さえ、かれらが建設工事を発注するゼネコンに委ねてしまっているのだろうか。だとしたら、かれらが掲げる人権方針は形骸化されてしまう恐れはないだろうか。というのも、「土地固有の文化や慣習的な権利への配慮がなされているかといった点の確認」はデベロッパーが土地の開発をおこなうときの大切な指標ばかりか、「上物」といわれる建築部分の調達資材のサプライチェーンにもおよぶべき指標と考えるからである。

註: 「不動産における地域コミュニティと人権デュー・ディリジェンス」(長島・大野・常松法律事務所2022年2月2日)

https://www.noandt.com/features/esg_04/

サラワク、インドネシアの熱帯林はアブラヤシ農園やアカシアなどの産業造林へと置き換えが進んでいる。単一樹種の植栽によって姿を一変させたそうした景観の過去の履歴を遡ることは容易ではないが、先住民といわれる住民の物語に耳を傾けることでその一部でも想像することができるかもしれない。今回のレポートでは、サラワクとインドネシアの西カリマンタンにおいてほぼ一ヶ月の調査をおこなった結果を盛り込んでいる。入国規制の緩和を受けて2年半ぶりに訪れたサラワク州では、前には市街地でもよく見かけた伐採木材を積んだトラックの往来が明らかに減っていた。また、山間の貯木場の多くは大きな空きスペースが目立っていた。しかし、現場をよく知るNGOに言わせると、奥地の伐採活動はいまだに盛んにおこなわれているという。半定住化したプナン人が多く住む州東部のバラム河上流では伐採企業による土地の収奪がいまだにおこなわれている。

JATANではこれまでの「提言」で、各企業にデューデリジェンスの意味のある実行とその検証結果の公表をお願いしてきた。製品調達先の現地企業が用意するヘリに乗って広大なプランテーションを眼下に見渡す「視察」などではなく、地元の住民が日常生活の拠点としている河畔から繰り出すボートを利用して川面から観察する「視察」をぜひ、おこなっていただきたい。まるで異なる光景が現出するはずである。

2. 業界動向篇

2016年、2017年、2018年、2020年と過去四回にわたって公表したJATANのレポートではおもにサラワク産木材製品におけるさまざまな問題や影響について概説した。われわれは日本の住宅産業のサプライチェーンに連なる各企業に情報を提供し、かれらが使用している合板製品の原料調達にともなう現場の問題に注視するよう要望し、また、調達現場の環境・ 社会面の悪影響を未然に防ぐための調達方針を立案・実行するようもとめてきた。今回のレポート「日本にやってくる熱帯材合板の生産にともなう土地収奪と森林破壊―マレーシア・サラワクとインドネシア」Land Grabbing and Deforestation associated with Agricultural and Forestry Production: Malaysia (Sarawak) and Indonesia (West Kalimantan)では、タイトルが示すように調査と分析のスコープをサラワクだけでなくインドネシアにも広げ、また、これまでのように企業のアンケート結果の評価に加えて、両地域の現地視察による調査報告を盛り込んだ内容となっている。今年の8月、そしてコロナ禍が世界的に拡大する前に数回視察した調査では現地のNGOや住民の協力を得て、囲い込みによる直接的な被害を受けている人たちからインタビューをおこなった。日本側の受入れ企業ならばよほど意欲的なDDをやらない限り話を聞けない人たちだろう。被害住民になるべく近い視座をから見た合板製品の由来原料の問題についてあらためて調達方針と受入れの実際を検討する材料となれば幸いである。

脚注:「フローリングへと変貌する熱帯林」(2016年)

http://www.jatan.org/wp-content/uploads/2017/03/FORESTS-TO-FLOOR-REPORT-JPver.pdf

「Too Little Too Late」(2017年)

http://www.jatan.org/wp-content/uploads/2017/03/Too-little-Too-Late-Japanese-Web-Final-17.03.16.pdf

「足下に熱帯林を踏みつけて」(2018年)

http://www.jatan.org/wp-content/uploads/2017/03/Walking-on-the-Devastation-of-Tropical-Forests-Web-

「隠蔽された住宅建材」(2020年)

http://www.jatan.org/wp-content/uploads/2020/03/2020-Japanese-Report-Web.pdf

≪遺漏(leakage)≫≪抜け穴(loophole)≫と指摘される日本の木材市場

2017年の「Too Little Too Late」でわれわれは、「違法な木材に日本が与えているお墨付きは、世界的に見て大きな抜け穴をつくりだしている。他の国では容認しがたいと思える木材の市場を提供することによって、他国の努力を台無しにしているのだ」と述べた。また、2020年に発表したレポート「隠蔽された住宅建材」でも、「日本では政府による輸入規制の政策、いわゆるクリーンウッド法が 違法材、非持続可能な木材に関して他の地域の後塵を拝している」とも書いた。欧米の調査機関やNGOからすると、日本の市場に入ってくる、とくに熱帯材や熱帯材製品に対する監視や規制の目はいまだ緩く、欧米の市場では門前払いされるような木材が諸手を挙げて迎えられているように映っているのだろう。国際的に共有されているはずの原則を逸脱することで健全な自由貿易を歪めてしまう恐れもあるだろう。しかしそれ以上に問題なのは、熱帯林に多かれ少なかれ依存しながら暮らしている地域の住民たちの人権を土地の囲い込みによって侵害するような状況が起こっても緩和や対策を講じるための動機もコストも奪ってしまうことだろう。

2022年3月21日発行の木材建材ウイクリー(No.2343号)「2021年レビュー①合板・木質ボード」によれば、2021年の輸入合板供給量は262万7,300㎥(前年比18.6%増)で、内訳として、マレーシア 80万2,400㎥(前年比12.4%増)、インドネシア 82万7,900㎥(前年比4.2%増)というデータが上がっている。サラワク産合板は71万3,100㎥ とありマレーシア全体の89%を占めている。いずれもコロナ禍以前の19年で比べると入荷量は減っているものの、20年比では増えている。さらに「(19年比で)南洋材合板の入荷量が減った背景には、コロナ禍前からの生産能力縮小に、コロナ禍による人手不足が重なったことがある」と分析されている。ただ、業界向けを兼ねた大型ホームセンターの合板売り場に足を運べば、ウレタン加工されたサラワク産コンクリート型枠合板(シンヤン社、タ・アン社)の山積みがまず目に入る。輸入木材の払底を伝える木材関連の業界誌紙のヘッドラインには喧しい言葉が躍っている―第三次ウッドショック、ロシア・ウクライナショック。一方で、「ウッドショックで過去最高収益 建材商社4社、22年3月期決算」(木材新聞2022年7月7日号)といった見出しも目に付く。たしかに合板の店頭価格は軒並み上がっているようだ。その要因として、業界紙は「21年春から勃発した第3次ウッドショック。木材、合板など市況性の高い素材系分野から価格が短期間で急騰し、想定外の利ザヤが発生したことが高収益につながった」と分析している。

東京近郊ホームセンター
19年8月・22年6月 Ta Ann 東京近郊ホームセンター
神奈川県内ホームセンター
20年1月・22年9月 Shin Yangパネコート 神奈川県内ホームセンター

店頭で目にする機会が明らかに増えた合板製品がある。中国製のラーチ材合板である。ロシアから中国経由でラーチ合板が日本の市場に流れ込んでいるようだ。ロシアによるウクライナ侵攻という事態を受けて日本や欧米はロシアに対して経済制裁を課している。これに反発してロシアは2022 年末まで、日本を含む「非友好国」に対して、木材チップ、丸太、単板を輸出禁止とすることを決定したという。行き場を失ったロシアのラーチ材がもっぱら中国になだれ込み、中国で加工された構造用合板が、住宅の壁や床に使う国産合板の高騰に悩む日本の市場に送られているのだという(2022年6月30日日経 「針葉樹合板、中国産の輸入急増 国産の高値で」)。「貿易統計によると、5月の輸入量は1万9004立方メートルと前年同月の48倍の多さだ」。

国際的な森林認証制度のFSCとPEFCは、それぞれ、今回のウクライナ侵攻の事態を受けてロシア産の木材を「紛争木材」と位置付け、同国産木材の認証を停止した(オルタナ2022年3月17日「FSCがロシア・ベラルーシ産木材の認証を停止」)。他国への軍事侵攻を長期にわたって続けている国への経済制裁が結果的に、木材製品の払底に苦しむ日本の市場をほんのわずかだが潤しているのは事実だ。ただ、そうした企業が存在することは人道上の見地から容認できない。「紛争木材」を市場に出して利ザヤを稼いでいる商社は「火事場泥棒」の誹りを免れないだろう。この事態に対処できる規制なり法的な枠組みはいまの日本にないのだろうか。これもまた、日本を「抜け穴」視する論調を高めることにつながるのだろうか。

EU委員会は昨年11月、森林破壊ゼロを目的としたデューディリジェンス義務化規則案を発表した。デューディリジェンスの対象とされるのは、パーム油、木材、カカオをはじめとするコモディティで、2023年に発効される見込み。企業には遵守に対する罰則の導入も検討されているという。

脚注:ジェトロ「欧州委、森林破壊防止のためのデューディリジェンス義務化規則案を発表」(2021年11月19日)

https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/11/4dccde41219af5b7.html

企業による、自発的な持続可能性イニシアティブである「森林減少ゼロ、泥炭地ゼロ、搾取ゼロ(No Deforestation, No Peat, No Exploitation; NDPE)」についてはこれまで一定の効果が認められてきたものの、その拘束力の脆弱さがNGOなどから指摘されてきた。このデューディリジェンス義務化規則案では法的な義務化に大きな期待が寄せられている。ただ同時に、持続不可能とされるインドネシアやマレーシアの木材、パーム油がEUと比べ、輸入規制の緩い日本や中国に流入する危惧も指摘されている。

脚注: Chain Research Reaction, “EU Deforestation Regulation: Implications for the Palm Oil Industry and Its Financers”

https://chainreactionresearch.com/report/eu-deforestation-regulation-implications-for-the-palm-oil-industry-and-its-financers/

European Parliament, “Towards deforestation-free commodities and products in the EU”

https://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/BRIE/2022/698925/EPRS_BRI(2022)698925_EN.pdf

日本ではどうか。今年8月に政府(経産省)が「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」がまとめられた。特に深刻な人権侵害として、強制労働や児童労働が取り上げられている。

脚注:経済産業省「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」(2022年8月)

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/supply_chain/pdf/20220808_1.pdf

このガイドライン案に対しては、いくつかのNGOから修正を求める意見書がパブリックコメントに寄せられている。法律による拘束力がなく、その実効性に問題があるという指摘のほか、企業の土地収用を伴う事業について収奪などの直接的な被害を受ける恐れのある先住民や地域住民もステークホルダーとして人権デューディリジェンス(人権 DD)の対象者として明記すべきとする意見も上がっている。

脚注:ヒューマン・ライツ・ウォッチ「「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」へのコメント」

https://www.hrw.org/ja/news/2022/08/28/comments-draft-guidelines-respect-human-rights-responsible-supply-chains

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ「「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」についてのパブリックコメント」

https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2022/08/71d33442e329faec2f45e0faaf071029.pdf

資源搾取に関わる企業はCSR条項や人権誓約を、ただ美辞麗句を並べた自己喧伝にしてはならない。それはたんにグリーンウォッシュといういう以上に、最終的には原料の生産現場で土地の囲い込みをはじめとするさまざまな人権をめぐる紛争の火種を放置することになるからである。国境を越えて経済活動を展開するグローバル企業の場合、とくにサプライチェーンの最上流で起こっている人権侵害が遠い消費国では不可視化される傾向がある。「企業は、事業を継続する組織単位として法人格を与えられたものである。そのための社会的責任を果たせない、売り逃げ本位の活動は、本来の企業活動とは言えないことは明らかであろう。企業が社会に貢献するからこそ、国家から特権を与えられ、融資先や投資家からの信認を得て、消費者は信頼するのである。企業が国境を越え、一国家以上の資金力をもつ現代のグローバル化において、国家や、それによって作られた国際機関でコントロールされる時代は終わりつつあると言えよう」。

脚注:佐藤安信著「継続可能なビジネス法務に求められる人権マインド―ソフト・ローの罠にかからないために」(商事法務 NBL 2018年2月1日号(No.1115))

森を追われたプナン人
森を追われたプナン人たち 撮影 2016年9月バラム河上流域

3. マレーシア・サラワク篇

木材企業が支配する「メディア」

サラワク州の英語メディアでもっとも目に触れる機会の高い報道記事は「ボルネオ・ポスト(Borneo Post)」紙のものだろう。このメディアはビッグ6と呼ばれるサラワクの巨大木材企業グループのひとつ、KTSが所有している。サラワクのNCR活動家やNGOのメンバーで、「ボルネオ・ポスト」紙の報道を額面通りに受け入れる者はほとんどいないだろう。「ボルネオ・ポスト」紙含む主流派メディアに対抗する報道機関はサラワクには存在しない。英国人のクレア・ルーキャッスル(Clare Rewcastle)が主宰する「サラワク・レポート(Sarawak Report)」は信頼の置ける独立系メディア・アウトレットのひとつとして評価されている。

脚注: “Report: corruption in Sarawak led to widespread deforestation, violations of indigenous rights” (Mongabay, March 10, 2011)

https://news.mongabay.com/2011/03/report-corruption-in-sarawak-led-to-widespread-deforestation-violations-of-indigenous-rights/

2016年5月20日付木材新聞「マレーシア・インドネシア産特集」のひとつの文章が目にとまった。

先住民は自力で原木伐採する能力(資金)に乏しいため、伐採を引き受ける業者に依頼する。その業者が現地で言う「ギャング」につながっていることも多く、そのギャングがよその林区まで勝手に伐採することでトラブルを引き起こしきた例も少なくなかった。「こうした悪質な違法伐採が横行してきたことに対し、何十万ヘクタールという大手原木シッパーは、むしろ州政府に対して規制強化を依頼してきた」(産地メーカー筋)

この記事を書いた記者が現地の「産地メーカー」以外に「先住民」にも取材したかどうかはわからない。いずれにしても、業界紙とはいえメディアという公器を担う者として、あまりに偏った書き振りではないだろうか。

インドネシアでもサラワクでも、熱帯林は最初、政府から付与された択伐用のコンセッションによって姿を変え始める。老齢樹の大径木がまず切られていく。その後、林業道路の敷設に伴って外部者による不法な伐採が横行し、森林は後輩、劣化の一途をたどる。最終的には「持続可能な森林管理」を名目としたパルプ材採取目的の植林コンセッションやアブラヤシ農園造成のための事業権を手にした企業がおこなう皆伐によって、当初あった熱帯林は完全に息の根を止められる。よく政府や木材企業は森林劣化の要因として、住民がおこなう焼き畑の移動耕作やアブラヤシなどの野放図な換金作物栽培を挙げているが、たしかにそうした要素は一概に否定できないものの、先住民を含む地域住民と政府をバックにした強大な資力を持つ伐採企業のあいだには、隠しようのない権力の不均衡が存在している。もし、この「不均衡」を度外視して住民を社会の周縁に追いやるような言説を弄するのだとすれば、それは、熱帯林の劣化や消失の解決努力をみずから放棄するばかりか、住民をただ犯罪者へと駆り立てるクリミナリゼーションの一翼を担うことになりかねないだろう。こうしたクリミナリゼーションは法的ガバナンスが脆弱な社会ではむしろ、法廷や警察の外部でこそ頻繁におこなわれている。企業の土地収奪に抗議する活動家、住民リーダーたちへの威嚇、暴力がほぼ日常的におこなわれ、官製メディアの偏向報道、コミュニティ内での親企業分子による嫌がらせなど、企業活動を妨害する住民排除の動きは不可視化される傾向がある。

2016年6月、サラワク州のミリ市内で起きた野党・人民公正党(PKR)幹部ビル・カヨン(Bill Kayong)氏の殺害事件。カヨン氏はNGOダヤク人協会(PEDAS)のメンバーとしてアブラヤシ農園企業Tung Huat Plantation Sdn Bhdによる先住慣習地の収奪問題に深く関わっていた。事件の黒幕とされるステファ・リー・チーキアン(Datuk Stephen Lee Chee Kiang)容疑者はこの農園企業の幹部の一人であった。事件から一年後のミリ高等裁判所の公判に、国際刑事警察機構(インターポール)を通じて国際指名手配されていたキアンをふくむ容疑者三名が出頭した。日中の市街地で発生した人権活動家の残忍な銃殺事件の裁判にはマレーシア国内のみならず国際的にも大きな注目が集まっていたが、容疑者三名は証拠不十分の理由で無罪放免が言い渡された。NGOばかりか独立系メディアからも「茶番劇の裁判(travesty of justice)」との悪評が立ったのは言うまでもない。

脚注: “Police and prosecution must ensure justice is done for Bill Kayong” (malaysiakini, June 14, 2017)

https://www.malaysiakini.com/letters/385591