岸田ほたる
<概要>
日本は、生活に利用する多くのモノを輸入資源に頼っている。例えばマレーシアからは、建築をする際に使われるコンクリート型枠として合板(ごうはん)や、食品・化粧品などの加工素材であるパーム油などを輸入している。その他の国や地域からも多くの森林由来の資源を輸入し、日本の消費が世界の森林減少に関与している。一方 EU 理事会は、2023 年 5 月、EUDR(森林減少フリー製品に関する規則)を採択した。EUDR は、違法に伐採された木材または木材製品がEU 市場に入るのを防ぐために相当の注意を払う(デューデリジェンス)義務を課した EU 木材規則に代わる規則で、EU の消費が森林資源の枯渇に与える影響を低減することを目指すための義務的なデューデリジェンス規則案である。
マレーシアは連邦立憲君主制の国であり、マレー半島とボルネオ島の西側を領域とする国である。今回は、長い土地紛争の歴史を持つボルネオ島サラワク州を訪ねた。サラワク州は、昔はサラワク王国として栄えた地域である。マレー半島の他州と違い、人口のマジョリティは森とともに生きてきた先住民族である。しかしながら、政府機関はマレー民族が多数を占めている。サラワク州はこの間、土地紛争や森林減少対策として、丸太の輸出禁止や、長期伐採ライセンスを持つ企業には森林認証の取得を義務付けるなど、一見すると人権尊重と環境配慮を行うようになったかのように見られる。しかし、現地の土地紛争は森にすむ先住民族の先住慣習地(コミュニティの土地)で発生し、必ずしもその紛争の情報がメディアによって情報が拡散するわけではない。そこで、現地ではどのような状況となっているか、地元で活動する NGO の協力を得ながらいくつかの地域を訪問した。また、アブラヤシの小規模農家を訪問し、アブラヤシについての考えや実際の作業の様子を伺った。
【1】 Nanga Seridan
2023 年 7 月、マレーシア・サラワク州の町、マルディから Sungai Baram(バラム川)を経て支流の Sungai Tinjar(ティンジャール川)を小型ボートで4時間弱、上流に向かって移動した。尋ねた先は Nanga Seridan(ナンガ・スリダン)というコミュニティの Long Labang(ロング・ラバン)、先住民族イバン族の村である。
この村は約 800ha の森の河岸にロングハウスといわれる建て床式の長屋をつくり、21家族が暮らしている。それぞれ森で採れる植物や果物、川魚を獲り、ラタンを採って暮らしている。昔は米作りも行っていたが、いまは米作をしていない。しかし昔ながらの酒作りは続けており、tuak(トゥア、ライスワイン)を楽しんでいる。
普段の生活に多くのお金は必要ないが、電気、水道、ガスは通っていないため、発電機を使うためのガソリンや、調理のためのガス、飲み水としてペットボトル水は自分たちで購入している。現金収入は村で取れる動植物を近くの町に売ったり、ラタンでゴザのようなマットを編んで必要な分を得ている。多くのロングハウスと同じく、若者はミリやマルディといった町で暮らしているため、多くは年配の世代か、幼子がいる世帯がロングハウスで暮らしている。
見る限りは森に囲まれ、昔ながらの生活を続けながら豊かに暮らしているように思われたが、このロングハウスにも開発による影響が近づいていた。
村人曰く、開発企業は事前の村人への説明や話し合いもなく、ある日突然ブルドーザーを進めてきた。村人が気づいたのは 2017 年のことだったが、知らぬまに開発計画が進められていた。当時、村人は一丸となって非暴力の抵抗活動を行い、ひとまず企業の動きは止まった。しかし、村人が企業側にここは自分たちの土地であることを訴えたところ、企業側は「ここは政府の土地であり、PL(暫定的開発権)を得ている」といってきた。
マレーシアの憲法では、先住民族の地位や利益を保護することはマレーシア国王の責務であると記されている(153 条 1 項)。また、1958 年サラワク土地法によれば、1958 年以前よりその地に先住的慣習地を設定してきた場合は、その先住民族に対して慣習権が認められると記されている(しかし、2018 年に先住慣習地を狭める改悪が行われた)。
しかしながら、その地域に住む先住民族は必ずしも政府に対して土地の登記簿登録などを行っているわけではない。先住民族の慣習法では、その土地に先に住んでいることがその土地の権利を持っていることを表す。このため、サラワク州の全域で見られるように、政府がその土地に住んでいる先住民族を認識せず、企業に対し開発許可や伐採許可を発行するため、土地紛争が多発している。今回の場合も、企業側の持っている開発許可証自体は正規ルートで発行されている。しかしながら、先住民族が持つ慣習権も法に基づくものである。
こうしたことから、土地の権利に関する衝突が起きた場合、住民側は警察への通報や政府への問い合わせを行う。しかし、多くの場合、警察はその通報を受けるだけで対応は進まず、政府からは何の回答も得られない。
今回の Nanga Seridan のケースも同様であった。2017 年、偶然にも企業側のブルドーザーの侵入に住民がいち早く気づき抵抗活動を行い、先住慣習地への侵入を食い止めることができており、警察への通報、政府への連絡を複数回行っているが、2023 年 7 月時点で警察からもサラワク州政府からも何の回答も得られていない。
Nanga Seridan の人々は、すでに 5 世代はこの地で暮らしてきたと言う。学校で校長をしていた村人は、1956 年生まれだが、わたしの親も祖父母もここで暮らしてきたと話す。他の村人も少し尋ねるだけで、村人は長く暮らしてきた家族の歴史を話してくれた。
今回、企業側は「住民の同意を得た」と話しているが、その同意は隣接する Long Sepilling(ロング・スピリン)等によるものであったという。繰り返しになるが、Long Labang の村人は一度も交渉によばれていない。Long Labang の村人曰く、Long Sepilling は 1971 年に違う土地から移ってきた村だという。本来であれば、土地の権利について何の権限もない村であるが、企業は隣接する住民の合意を取り付けているため、権利侵害が生じている。
村人は、いまだに警察も州政府も動かないことから、企業が侵入してくる可能性が高い先住慣習地の境界に侵入がないかの確認を毎週行っている。境界線は泥炭地の森林地帯であるため、徒歩で1時間以上かかる大変な作業であるが、いつ企業が侵入してくるかわからないため、村でローテーションを組んで、境界線の確認と状況の共有を行っているという。
2017 年以降、COVID-19の影響もあってか企業側の動きはなかったが、2023 年2 月、再び侵入を開始した。前述の通り、境界線の確認を行っていたため、いち早く企業の侵入に気づいた村人は、反対活動を大々的に行うとともに、警察への通報や政府への問い合わせを行っている。警察や政府からはいまだに無回答ではあるが、反対活動がメディアにも取り上げられ、再び企業の動きは止まっている。
村人は、こう話す。
わたしたちは、この企業の侵入によって、多くの苦しみを感じている。政府は日本と違って私たちの声を聞いてくれない。ロングハウスの生活は街の生活と違う。自然とともに生きていて、漁業、狩猟、地元の植物を採取し私たちは暮らしている。街では給与をもらうが、わたしたちは給与をもらっていない。もし森林が破壊されてアブラヤシのプランテーションになったら、なんの利益を得ることもできない。森が破壊され、開発されてしまったら、子どもたちが生きていく土地がなくなってしまう。
私たちには約 800ha の森しかない。まわりはすでにアブラヤシのプランテーションだらけになっている。もし開発されてしまって、ほんの少しの森しか残らなかったら、どこにロングハウスをつくればいいのか。どうやって生きていけばいいというのか。
政府は、800ha は大きいという。しかし想像してみてほしい。このロングハウスには 21 家族が住んでいる。1 家族が 5 人くらいだとして、800ha を 21 家族で割ったらたった約 40ha になる。それでも少ないかもしれないが、子どもたちが生きていく森を残すために必死に戦っている。この森がなくなれば村はなくなってしまう。私たちは森を残したいのだ。
会社はすでに先住慣習地の周りの森林の数千ヘクタールを奪っている。狩猟で採れていた鹿や猪は採れなくなってきている。魚も漁獲量が減ってきている。川の水も化学肥料等による汚染を心配している。
企業はお金を残そうとするが、わたしたちはいらない。森が必要だ。私たちはここに住む権利があり、その証拠もある。他国からも注目してほしい、知ってほしい。
Long Labang は力強い抵抗活動を行っている。境界線の確認のような長期的な手段は当然として、非暴力で訴えられる先には一枚岩となって伝えられるよう、村での情報共有を丁寧に行っている。また、若者が中心となってイバン族の収穫祭である Gawai(ガワイ)をより外部の人々を呼び込むような企画にし、動画を作成して SNS で公開している。それは単にロングハウスの良さをアピールするだけでなく、村がそこに存在しているということを多くの人に知ってもらうためだという。若者の多くはミリやマルディといった町で仕事をしているため、距離は離れているが、SNS でこまめに情報共有や意見交換をしながら村を守り、森や土地の権利を守る活動を行っている。
Long Labang の慣習地に侵入しようとする企業は、Mega Mashyuh(メガ・マシュール)及びMiri Timur(ミリ・ティムール)であり、マレーシア有数の巨大農園企業グループIOI Pelita(アイオーアイ・ぺリタ)傘下の企業である。
この企業のパーム油が日本に輸入されているかは、現地点では確認できていないが、日本はマレーシアから日本で消費するパーム油の約 6 割を輸入している。日本の旺盛な消費が現地の人権を軽視し、環境を破壊するプランテーション事業を後押ししている。
現地で活動する国際環境 NGO Sahabat Alam Malaysia(SAM)は、サラワク州ではかつて伐採問題が大きな国際問題として注目をされていたが、すでに森はほとんどなくなってしまい、いまはアブラヤシのプランテーションがほとんどの土地紛争の原因であると話す。
アブラヤシのプランテーションは、開発が始まった初期からその環境・社会への影響から問題視をされていたが、世界中で需要は大きい。国際 NGO WWF も加わってパーム油の認証制度RSPO を作ったが、WWF は度重なる議論の末に理事から退任してしまい、NGO としての監視の目は残されていない。SAM は、RSPO のシステムは良いが政府や企業が入り込んでしまい、ガバナンスが利いていないという評価をしていると話す。
現地で反対活動を行う住民には、賄賂であったり、マフィアに命を狙われたりと誘惑や危険も多い。Long Labang で中心となって反対活動を主導する人物はそうした危険のために名前や顔を紹介することができない。それでもその人物は、森には測れないほどの価値があると言い、自分の子どもたちが生きていく森を守っていきたいという。
日本には先住民族の森の生活を想像できる人が少ないから、ロングハウスの生活で好きなことや好きなものを教えてほしいと聞いて回ったら、村人たちは本当に嬉しそうにあれこれ教えてくれた。町では食べられない森の植物のおいしさ、魚の豊かさ、昔、森で狩った鹿の角、さらには民族舞踊を披露してくれ、行く先々で家をまるごと案内してくれる。言葉が通じなくとも常に笑いが溢れていて、日本とは全く違う豊かさがそこにはあった。
【2】 Sungai Sap, Tatau
サラワク州有数の産業都市 Bintulu(ビントゥル)から一時間程度車で南下した先にある町、Tatau(タタウ)を訪問した。Sungai Sap で村長をつとめ、反対活動のリーダーでもある Badal Lung(パドル・ルァン)氏から話を伺った。Sungai Sap は Tatau の町より内陸部にあり、マレーシア連邦に加わる前から暮らしてきたという。9つのロングハウスがあり、彼らの先住慣習地には水源地や森林保全地域が含まれ、およそ8 万ヘクタールの広さがある。
しかし 2015 年、ある日突然、開発企業 Solid Continental Sdn.が彼らの先住慣習地に侵入してきた。企業は一度も住民とのコミュニケーションをとったことがなく、いつ企業の侵入が始まったかわからない。気づいた時には住民の森林は破壊され、アブラヤシのプランテーションとして開発されていった。サラワク州政府は彼らの先住慣習地であるのに、企業に対し開発許可を発行し、企業は MSPO(Malaysian Sustainable Palm Oil)を取得している。このため、住民に対し、早く出ていくように圧力をかけている。しかし村の移転のための補償は全くないという。
住民はこの開発行為に対し、自分たちには先住慣習権があるとして裁判に訴えたが、2019 年の土地法改正の影響を受け、先住慣習権を証明する証拠が不十分であるとされ、敗訴している。
このような状況から、現時点ではすべての住民が反対をしていない。反対活動をすることは先祖代々暮らしてきたことを証明しなくてはならないが、その立証作業は大変な労力がかかるからだ。企業からは、自分たちには正当な政府の許可があるので、出て行けと言い、政府は裁判の判決があるので、新たにいうことはないという。
Badal Lung はいう。わたしたちの土地は私たちの生命そのものだ。私たちの土地には、先祖が代々植えてきたココナッツやいろんなフルーツの木が植えてあった。大切に育ててきた。米も作っていた。ハーブや薬になる植物、ラタンもあった。猪や魚もたくさん獲れた。川の水浴びもできた。永遠のスーパーマーケットだった。いまはアブラヤシのプランテーションに変わってしまい、猿だけは残っているが、住居の近くのほんの少しの畑(日本の里山に近い)から作物をとっていく。日本には、全てのサラワクからの製品を買わないでほしい。なぜなら、環境を破壊し、人権を侵害し、人々の生計手段を破壊しているからだ。
今回、彼らの村には訪問できなかった。彼らの土地はすでに開発されて、アブラヤシが植えられてしまっている。家の周辺だけ残っているが、畑や森への道は潰されてしまった。水源地もプランテーションの中にあるので、水も汚染されており、彼らはコミュニティの水の汚染を強く恐れている。Tatau の水条例 によれば、植林活動は水源地から半径 8 キロメートルの外側で実施しなければならないとされているが、彼らの土地に侵入している企業は水源地からわずか1キロメートルの場所にあるという。このため、住民が自宅のろ過装置を使っても、黄色く濁った水が出てくるという。たとえ、裁判で住民が敗訴しているとしても、開発地域に暮らしている住民の身体・生命を脅かし、何の補償もせず、なによりも大切な水資源を汚染し開発を行っている。さらに、このような事業の現場であっても MSPO を取得している。日本がパーム油を購入する際に、認証があるからとそれだけの情報で満足して輸入をすれば、人権侵害を避けられるわけではないことを忘れてはならない。
【3】 Layun Forest Management
Upper Baram と呼ばれる、バラム川の上流、ムル国立公園付近一帯の人工林造成許可であるLPF(License for Planted Forest)が発行されているエリアに対し、Layun Forest Management として森林認証を取得する動きが出てきた。
これは、サラワク州政府がすべての長期森林木材ライセンスの保持者に 2022 年までに国際森林認証の取得を求める政策に対応したものと思われる。
マレーシアにおける森林認証は、FSC と MTCS(Malaysian Timber Certification Scheme)があり、FSC は NGO も参加し、最も厳しい森林認証と言われている。MTCS はマレーシア政府と産業界が作り出した認証制度のため、NGO からは人権や環境に関する課題があるとの指摘がある。サラワクにおいては、FSC 認証の取得は難しいと言われており、いま現在も存在していない。MTCS はいくつかの場所で取得が進んでいるが、必ずしも違法伐採問題や先住民族の人権侵害が回避できると保証できるものではない。少なくとも森林認証推進の政策を打ち出してからも、厳しい目を向けてきた欧米はサラワク材に対する対応は大きく変化はない。
こうした中、MTCS に準拠する森林管理計画として、Layun Forest Management が発表された。Layun Forest Management は、サラワク州の大伐採企業である Samling が取りまとめ、進めている。認証の監査は、マレーシアに認定された認証機関である SIRIM QAS International Sdn.が MTCS の基準に基づき、行われている。Samling の公開資料によれば、MTCS の基準に基づき森林管理計画を作って操業すること、保護すべきエリアの確認なども行われていること、地元住民にはプラスの影響が見込まれること等、ポジティブな側面について記載されている。
一方、Upper Baram エリアに暮らすプナン族などの先住民族は、そのほとんどが強く反対している。彼らはすでに過去に大規模な伐採との土地紛争の経験があるため、森が重要であること、森がなくなってしまったら、生きていくことができないこと、さらに企業や政府が金のために森を欲しがっていることを知っており、強く反対をしている。Samling の資料には 27 の村しか記載はないが影響を受ける範囲で反対している村は 100 以上あると支援する NGO はいう。
Samling は、各村を回って同意を得ようと画策し、文字の読めない村人に同意書を示し、同意の印として拇印をさせようとするなど、森林認証とは名ばかりの行為を行なっている。また、わたしが NGO を訪問している際にも、一部の村から Samling がある村は賛成と言っているとの連絡が入った。村同士の分裂工作の可能性があるので事実確認をするようにと NGO は伝えていた。
NGO は、これまでの伐採企業のやり方から、択伐(selected logging)を行うと言っているが、皆伐(clearing logging)になるだろうと指摘している。また、村同士、村の内部の分裂作戦もこれまで何度も行われてきたという。
Premier Sarawak(プレミア・サラワク、州主席大臣、以前はチーフミニスターという名称であった)は現地を訪れ、2 億 MYR を 1 コミュニティごとに払うと話し、同意を得ようとしたが、プナン族は彼らの生活の基盤は森にあるため、強く反対している。Long Muraan(ロング・ムラアン)といった、強く反対を示す村もあり、今後の動きを注視する必要がある。
Upper Baram エリアは支援する NGO にとっても、国外からの注目も、その場所ゆえに困難な場所である。近年は、Sabah(サバ)-Bintulu(ビントゥル)間のガス・ロードができたので、車で 4 時間くらいの距離となった。
日本はサラワクから輸出される木材関連製品のうち、半数以上を輸入している。Upper Baramエリアで伐採が始まり、Samling が合板を作ったとしたら、サラワクから輸出される合板の約 7割を輸入する日本には、伐採エリアに居住する先住民族の人権を害した合板が確実に入ってくることになるだろう。
そして残念ながら、2023 年通常国会で改正されたクリーンウッド法(合法木材利用促進法)でこの違法伐採木材の輸入を止めることは困難である。クリーンウッド法は合法木材を利用推進することで「いつの日か」違法伐採木材の国内流通はなくなると、夢を描いているが、その前にサラワク州の森林がなくなる方が早い。まずは求める合法性の範囲の拡大と、合法な木材かどうかを確認することを義務付け、確認できていない材の流入を止める必要がある。
【4】 SAM の活動、Nursery など
マルディから約 1 時間、ひたすら車で南下し、SAM がつくった「アグロエコロジーとアグロフォレストリー 持続可能な農業トレーニングセンター」(Nursery: ナーサリー)を訪問した。
ナーサリーはアグロフォレストリーや森の再生活動のため、プナン族から譲り受けた森の植物のためから苗をつくり、自然肥料の作り方をロングハウスの住民が学べる場所となっている。Vermihome wash(ミミズを使った有機肥料)も継続しており、その肥料の効果は大変良いようだ。
一度の研修には、30~40 人参加し、同じグループは大体 1,2 回参加して学んでいくという。
大体 20 種類以上の苗を管理し、年に一度、例年 12 月頃には苗の Exhibition(展示会)を行い、苗を販売している。
SAM のスタッフは、ここを拠点として、オーガニックやアグロエコロジー/アグロフォレストリーを推進していきたいという。
ただ、良い換金植物であるドリアンが、昨今の気候変動による温暖化の影響か、この 2 年ほど実らない状況であるら
しい。実が実らなければ種を取ることができず、苗を増やすことができないと、肩を落としていた。
近年では、小規模農家としてアブラヤシを植えていることも多い。小規模農家は大規模なアブラヤシのプランテーションとは違う。森の一部にアブラヤシを植えるが、他の植物も植えて様々な林産物を収穫する。つい、日本からパーム油に問題意識を持ちながら見てしまうと、全てのアブラヤシが悪に見えがちなのだが、住民からすれば、過去には胡椒やゴムを育ててきて、いまはパーム油が良い値で売れるので育てているという状況がある。
また、アブラヤシの収穫作業は相当な重労働であるため、アブラヤシばかりの畑をつくるのではなく、他のフルーツの木なども植えるアグロエコロジーに興味がある人は多い。さらに、化学肥料は過去に使った経験から、お金がかかると知っており、自然肥料を希望するようだ。
小規模農家は、Sell Office(販売所)まで収穫したアブラヤシの実を運び、キログラム単位で販売する。その後、Sell Office がミル(搾油工場)まで運ぶ流れとなっている。ミルに直接運ぶよりは安値となるが、ミルは相当な量を扱う必要があるため、大抵の場合近隣に所在していない。このため、少々値段は落ちるが、Sell Office で販売するようだ。
【5】 Pakebun kecil のアブラヤシ畑
マルディ近郊で小規模農家(スモールホルダー)を意味する Pakebun Kecil(パカボン・カチル)である農家を訪ねた。アブラヤシ農業で一番大変なのは収穫後の果実を運ぶ作業だという。10 年以内の木であれば自分たちで収穫できるが、10 年以上の木だと経験のある労働者が必要となるという。このため、難しくなってきたらインドネシア人労働者を雇うことになる。合法的に雇うと高いので不法滞在者を使うことが多いとも聞く。
アブラヤシは一本の木から 3~6 個のフルーツができ、ひとつ 20~30 キロ、10~15 年生くらいの古い木は大きなフルーツになり、50 キロぐらいになると。よく手入れし、肥料を使っていれば二週間ごとに収穫できるという。肥料は 1 セットで 7 本の木に撒くことができる量があり、品質によって値段がかわるので、自分の懐事情に合わせて選ぶようだ。
サラワク州政府はアブラヤシの小規模農家を促進しており、新たに小規模農家となる場合は政府機関である MPOB(Malaysian Palm Oil Board)から 8千リンギットの支援金が支給されるという。MPOB に小規模農家として登録できれば証明カードが渡される。それを持っていれば、アブラヤシの苗を購入することができ、収穫したアブラヤシの実を販売することができる。登録のための条件を聞いたところ、土地を持っているくらいではないか、との回答だった。2 年ごとに更新もあるが、特になにか査定されたこともないという。
訪ねた農家は、約 1 ヘクタールの土地に約 100 本のアブラヤシを植えているという。アブラヤシ畑を始める前はコメを作っていたようだ。しかし、米作には多くの労働者が必要で、しかも収穫までに数か月かかってしまう。アブラヤシ畑に変えてからは、家族三人で切り回すことができており、頻繁に収穫することができ、換金しやすく大変良い作物だという。
収穫作業は実も重たく、収穫のための道具自体も重たい。収穫してから時間が経つと実が軽くなってしまうので、収穫後は速やかに売りにいかないとならいないことが大変だという。
小規模農家にとっては、換金率の高い都合の良い植物として育てている様子だった。新たにアブラヤシ農家としてのスタートアップ支援が出ているなら、作物を切り替える人は多いだろう。苗や肥料を買う必要があり、苗からアブラヤシの実が収穫できるまでは約三年間かかり、その間はアブラヤシによる収入がない状態になるので、大金というわけではないと話していた。
小規模農家が持つ土地の広さや農家自身の判断にもよるが、訪問した農家の農地では、タピオカやチリ、チャンテマニス(先住民族が特に好きな植物、炒めて食べることが多い)といった植物を育て、ニワトリを飼い、魚や貝が棲む池や小川もあるので豊かな里山、アグロフォレストリーといった様子であった。できる限り小規模農家からのパーム油を輸入するといったことは選択肢の一つであろう。
ただし、政府のスタートアップ支援や、チェックがほぼざれない登録や更新作業を狙い、一部の企業は住民の名義を使い、小規模農家に扮して農園開発をしているという。小規模農家だからとすべてを歓迎することは難しい。
【6】 提言
残念ながら、今回訪問した限りにおいて、土地紛争に関する状況は好転しているとは言うことはできない。一方で、現地住民の法的リテラシーの向上や若者の関心が高まっていること、主要な認証機関の理事として先住民族NGOの代表者が参加していることなど、期待を持てる新たな動きもあった。また、パーム油自体が悪ではなく、土地の権利の問題であり、先住民族の権利の問題であることがより際立ってきていた。現地での取り組みを最大化し、先住民族との土地紛争と森林減少を食い止めるためには、サラワクにとって大消費国である日本の対応が求められている。
日本は、2050年までの早い段階でのカーボンニュートラルを実現するとし、政府一体となって様々な取り組みを行っているが、自分たちの利用する資源が他国の人権を侵害し、先住民族が引き継いできた伝統や文化を奪って、森林を破壊し、温室効果ガス排出を促進している状況では、とても気候変動対策で国際社会をリードするとはいえない。先進国として、気候変動対策をリードするならば、日本で必要な資源だからと森林破壊し人権侵害をしているリスクが相当に高い資源をそのまま使い続ける現状を変える必要がある。
このようなことから、日本の政策決定者に対し、以下の提言をしたい。
1. 木材やパーム油の産出国で人権侵害や森林破壊の問題が指摘されている国や地域は総じて汚職腐敗度数の高さが見られ、政府情報だけでは判断が難しいことから、現地に詳しい NGOや市民団体からの意見を十分に聞くこと。
2. 木材に関し、合法木材利用促進法はリスクある材の利用を止める手立てがないこと、またリスクに関する範囲が狭く先住民族の権利侵害や児童労働などの人権侵害に対応できていないことから、早急に見直しをすること。
3. パーム油、カカオ等、森林を開発して生産される天然資源の加工・消費に対し、他国・他地域での人権侵害及び森林破壊リスクを避けることを義務化するとともに、そうした可能性のある天然資源の加工・消費の規制について検討すること。
4. 木材及びパーム油等の森林を開発して生産される天然資源に関連する人権侵害及び森林破壊リスクについての情報収集及び普及啓発を行うこと。
以上