第4回NGO連続講座の講師は、1980年代からマレーシアの熱帯雨林と先住民族問題に取り組んでこられたサラワク・キャンペーン委員会(Sarawak Campaign Committee: SCC)のトム・エスキルセンさんです。当日は日本における運動史の歴史的な証人とも言えるトムさんからたいへん貴重なお話を伺う予定です。以下、トムさんの講演会に向けたメッセージです。
マレーシア・サラワク州で日本向けに南洋材を供給する為に急速な森林破壊が起こり、居住地の森を守ろうとして先住民族が林道を封鎖しはじめたのは1980年代半ば頃でした。当時、朝日新聞のシンガポール特派員だった松井やより氏がルポして大きな反響を呼び、1987年1月にFOEジャパンの呼びかけで、日本のNGOの連絡会として熱帯林行動ネットワーク(JATAN)が結成されました。シャプラニールからそのミーティングに参加させて頂いたのが小生の最初の関わりでした。
日本の熱帯木材輸入量が最も多く、住民の伐採反対運動も盛んだったサラワク州の問題に注力するため1990年にサラワク・キャンペーン(SCC)がJATANから独立し、公共建築での熱帯木材不使用・使用削減を働きかける「自治体キャンペーン」を主導しました。最盛期には網走から九州に至るまで全国に数十のレインフォレスト・アクション・グループ(RAG)が生まれ、150以上の自治体が熱帯剤使用削減に関する何らかの方針を策定するに至りました。先住民族が来日するとテレビや新聞に取り上げられ、一種のブームが巻き起こりました。
しかし、1997年に京都議定書が締結されてから国内の関心は地球温暖化問題に傾きはじめ、無理して頑張っていたJATANとSCCのスタッフも疲弊し、活動の勢いを維持できなくなりました。SCCはパートとボランティアで運営する体制になり、自治体や企業に対する働きかけを前のようにはできなくなりました。
その傍でサラワク州における商業伐採は最奥地まで進み、森林資源の枯渇と共に伐採量が減少し、逆にアブラヤシ・プランテーションが新しい脅威として先住民族を土地から締め出すようになりました。道路封鎖など身体を張った抵抗とともに住民たちはGPS技術で自分たちの慣習的な土地の地図を作り、人権派の弁護士の力添えで裁判に訴え、いくつかの重要な裁判に勝ちました。焼畑農業で開墾した土地だけではなく、狩猟採集に使う原生林などにも先住慣習権を認める判例が確立されましたが、2016年12月に連邦最高裁判決で覆され、20年来の裁判闘争の成果が水の泡となりました。
僅か30年前には広大な緑の海のようだったサラワクの熱帯林は林道で虫食い状態になり、地平線まで碁盤模様のアブラヤシ農園が広がる「緑の砂漠」に変容し、原生林は元々の5%ぐらいの面積にまで減少しました。サラワク州に残された僅かな手付かずの森を救い、森に根ざした先住民族の文化を次の世代に引き継ぐために残された時間は限られています。
今までの現地と日本での市民活動について振り返り、その教訓を踏まえて、残された最後の森を守るために何ができるか共に考える時間となれば幸いです。次の時代を担う若い人たちのご参加を特にお待ちしています!
【プログラム】失われた30年:サラワク州の森林破壊、先住民族権利運動、日本との繋がりを考える
トム・エスキルセンさん/サラワク・キャンペーン委員会
【日 時】 2020年1月24日(金)
開場:18:30 開演:18:45 終了(予定):21:00
【会 場】 地球環境パートナーシッププラザ(GEOC) 東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル1F
GEOCアクセス
【参加費】 500円(JATAN会員は無料)
【申込み】 申し込みフォームまたはEメール(info[@]jatan.org)よりお申込み下さい。
サラワク連続講座第4回トム・エスキルセンさん【前半】
トムさんが手にしているのは、ブルーノ・マンサーがスイス・ベルンでのハンストによる抗議の最中に手編みしたという手袋。トムさんは特別に彼からプレゼントされました。(解説 JATAN)
サラワク連続講座第4回トム・エスキルセンさん【後半】