豪州タスマニア州 自由党が政権を奪取 ―揺らぐ世界遺産の森林地域と州林産業の「持続可能性」―

グレートバリアリーフに海底から掘削した土砂を投棄することを認可して、「自国の環境に対して、オーストラリア史上最も優しくない」とまで揶揄されている豪州アボット政権だが、彼の政策で犠牲になるのはサンゴ礁ばかりではない。昨年に世界遺産に登録されたばかりの森林にまで及びそうな気配だ。今月4日、首都キャンベラでの林産業界の集会に出席したアボット首相は「この国は保護区があまりも多すぎる」と述べ、州労働党と緑の党の連立政権下で合意された「タスマニア森林協定(TFA)」によって世界遺産地域に加えられたばかりの74,000ヘクタールの森林を再び伐採用のエリアに戻すことをあらためて言明した。連邦政府の提案ではこれを「境界微調整(minor boundary adjustment)」などと称している。

昨年6月、スティックス、ピクトン、フロレンタイン、ウェルドなど湿潤ユーカリ林ふくむ原生林地帯の17万ヘクタールが既存のタスマニア原生地域世界遺産に加えられたが、その三か月後に誕生した連邦政府のアボット政権は、選挙公約以来、世界遺産の拡大に反対していた。実際今年になって連邦政府は、新規に編入されたエリアのうち74,000 ヘクタールの森林はすでに伐採などによる劣化を受けていて除外されるべきだと主張しはじめた。これに対して、国際自然保護連合(IUCN)の専門家であるピーター・ヒッチコックは、除外理由は根拠がないと反論している―「(除外対象の)ほとんどは実際、未伐採の森林で、その多くは重要な保護価値を有している」。さらに、前豪州緑の党党首のボブ・ブラウンも、74,000ヘクタールのうち9割以上は「手つかずの、荘厳な森林」であると反駁している―「わたしは、解除予定リストにある森林でこれまでに何昼夜も過ごしてきた。ツーリズムのハイライトになるものだし、木材チップなどにするよりはカーボンの貯蔵庫としての価値は計り知れない」

しかし、自由党の優勢が伝えられる州議会選挙が近づくにつれ、タスマニアでは《世界遺産除外》の連呼が激しさを増してきた。TFA締結のために奔走した原生自然協会(The Wilderness Society: TWS)」をはじめとする環境保護団体の心中は穏やかではない。かれらにとって気がかりなのは、TFAを支持した州の林産業界、とりわけタスマニア林業公社から多くの木材提供を受けている巨大合板メーカー、タ・アンの動向だ。TWSなどのNGOは昨年にタスマニア州が行った日本への経済使節団に随伴し、タ・アンの合板製品が環境面で安心できる由来を持つことを日本の顧客企業にアピールするなどタスマニア材の販路定着に懸命に努めてきた。2012年11月に、TWSをはじめとする環境保護団体とFIATをふくむタスマニアの林産業界が4年近くを費やした円卓会議での議論の末に和平協定が成立した。TFAはその和平協定の大きな所産と目されている。30年以上続いた森林をめぐる戦いに終止符を打ち、州の木材生産を持続可能なレベルにまで引き下げて、EUや日本などのタスマニア木材製品の顧客企業に安心して購入をつづけてもらうというのが、かれらの描いたシナリオだった。

ところがここに来て、かつてのNGOと業界との対立が再燃しかねない懸念が生じてきた。州自由党党首、ウィル・ホッジマンは、TFAは州経済を傷つけていると主張し、連邦政府による森林エリアの世界遺産除外を支持している。一方、与党労働党のララ・ギディングス首相はTFAが成立したからこそ、タ・アン社をはじめとする林業企業が州外に出ていくのを食い止めることができたのだという。実際、タ・アンはTFAによって木材供給量を半減させた見返りに連邦政府から2,600万ドルの補償を得ることができた。タ・アンは、いまのところ、木材調達で「論争の起こしやすい(contentious)」なエリアを除外する旨の発言を繰り返している。保護価値の高い森林の皆伐など木材製品の原料由来について糾弾を受けて売上落込みに苦慮していたタ・アンはTFAへの支持を公言することで、原料の持続可能な安定供給を望む顧客の期待に応えることに躍起なのだ。

15日、州自由党は州議会選挙を圧倒的な勝利で勝ち取り、党首ホッジマンが新しい首相になることが決まった。ホッジマンはただちにTFAを無効にすることを明言していた。ただしその森林政策の中身は明らかになっていない。自由党新政権の舵取り次第では、タスマニアの森林が再び、激しい論争の火種を提供することになるだろう。そして、州の木材生産が「持続可能な森林経営」から一層、遠のくことになるかもしれない。

アッパーフロレンタイン渓谷での伐採用道路敷設(撮影 2006年 JATAN)