タスマニア森林協定案 2012(Tasmanian Forests Agreement Bill 2012)は昨年末、原生自然協会(Wilderness Society)などの非政府環境保護3団体とタスマニア林業協会(Forests Industries Association of Tasmania)をふくむ林業界・労働界による円卓会議が三年間の議論の果てに署名された。州政府はこの協定案の立法化を目指して、州議会に上程した。下院は通過したが、上院にあたるレジスレイティブ・カウンシル(Legislative Council)では審議保留。紆余曲折を経て大幅に「水増しされた(watered down)」法案は今年の4月30日に議会で可決された。
新しい森林法(Tasmanian Forests Agreement; TFA)の骨子は以下の通りである。
● 州林産業の構造再編と新規保護地の策定のため州・連邦両政府による2億豪州ドル(約193億円)を超える財政出動
● 新規保護地の策定による、およそ50万ヘクタールの天然林保護の早急なる実現
● ティアナ、スティックス、ピクトン、アッパー・フロレンタイン、ウェルドといった湿潤ユーカリ林地帯の世界遺産指定
● 森林管理協議会(Forest Stewardship Council; FSC)認証取得による州有林産出木材の市場付加価値化
連邦政府が世界遺産に指定することを表明した、湿潤ユーカリ林による原生林地域をふくむおよそ10万ヘクタールについては、この6月の世界遺産委員会で承認されるものと期待されている(実際の遺産化実現はその数か月後か)。
TFAは一見すると、森林保護にとって良いことづくめの法律のように思える。50万ヘクタール保護地創出は即時に起こるだろうとの印象を与えるかもしれない。しかし実際にはTFAに盛り込まれている森林保護提案はその実現にこぎつけるまでに多くの高いハードルを越えなければならない。50万ヘクタールのうち約40万ヘクタールが保護されるエリアは、三段階のプロセスに分けられている ― 1) 2014年10月期限、2) 2015年3月期限、3) 2022年期限。保護が確定するまでは伐採停止のモラトリアムが設定されるどころか、予定地内の42エリアの伐採が容認されている。現実に森林法成立後もオールドグロス林の伐採ははじまっている。今年9月に予定されている連邦議会選挙、来年3月予定の州議会選挙の結果によっては保護は実現されない可能性がある。というのも世論調査で支持率をリードしているとされる自由党はかねてから保護策に反対してきた経緯があるからだ。州及び連邦政権与党の労働党が労苦の末に生み出した保護提案がそっくり破棄される恐れすらある。
恒久的な保護地の確保のための前提とされているFSCの認証についても、認証取得に企業生き残りの命運をかけたガンズ社が結局、FSCから拒絶され、天然林木材チップ市場からの撤退を余儀なくされた三年前の経緯を直視するならそうやすやすと実現が期待できるとは思われない。林業公社からの取得申請を判断できるようなナショナル・スタンダードはFSCオーストラリアには現在、存在しない。その策定には最短でも18ヶ月を要するといわれている。
FSC取得を目指す州の林産業界がこれまでの天然林の伐採を主体としてきた施業スタイルをあらためるわけではない。急峻地のケーブル・ロギング、オールドグロス林の皆伐、「再生焼き」と称する伐採跡地の人為的な無差別焼却をもしFSCが《持続可能》と認めるとしたら、認証全体の信頼性を失うことになるだろう。FSCは紛れもなく《グリーンウォッシュ》の別称となる。
法案可決の翌日、タスマニアを訪問したギラード首相はメディアを前に語った―「(協定に調印した諸団体は)主流派の合意事項に同調しない連中を沈黙させるためなら持てる力を駆使してできる限りのことをおやりなさい」と。地元の一部メディアでは、今回の法案可決をもって、30年におよぶ森林を巡る対立劇は終息したと報じている。しかしタスマニアのコミュニティの分裂はある意味で一層深刻化したといえるだろう。原生自然協会の創設時の主要メンバーであった前豪州緑の党党首、ボブ・ブラウン、現党首のクリスティン・ミルン、そして前タスマニア州緑の党党首のペグ・パットはこぞって森林法への不同意を表明している。総額にして3億5,000万ドルとも伝えられる巨額の公金投入で潤うのは、わずか2,000人しか雇用していない州伐採業であり、非持続的な旧弊産業の蘇生のために可決に賛成票を投じた緑の党や協定案で業界側に付いた原生自然協会などのNGOが手を差し伸べたとの観方もできなくはない。加えて森林法に新しく盛られた第42条「監視強化条項(durability clause)」である。草の根の森林保護活動の息の根を止めるためのこの一項は、伐採現場での抗議やマーケットの混乱を誘発するものと判断される活動がもし起これば、保護地の創出はなくなるという前近代的な言論活動封殺を意図している。首都キャンベラのシンクタンク、オーストラリア・インスティチュートのリチャード・デニスによれば「この立法化された毒薬の散布は労働環境の改善を求めてストを敢行するなら最低賃金をカットするぞと組合に脅しをかける」のと同然だという。
州南部の手つかずのオールドグロス林、エスペランス渓谷。本来なら森林協定で真っ先に保護されなければならない原生林の森でタ・アン社への原料調達のために伐採がいまなお行われている。6月6日、大型機械に身体を巻きつけて伐採阻止を試みた活動家2名が逮捕された。
昨年11月、タ・アン・タスマニアのスミストン単板工場内で操業停止をはかった活動家たち4名の裁判が6月13日に行われた。