労務管理を手放したインドネシア・ボルネオ島の「ブラック」農園企業

運営委員 原田 公

昨年12月に視察した、マレーシア(サラワク州)国境近くのアブラヤシ大規模農園で見聞きした農園労働者の状況について報告する。

■現代の「奴隷制度」-インドネシアの大規模アブラヤシ農園

ウィラタ・ダヤ・バングン・ペルサダ社(PT Wirata Daya Bangun Persada: PT WDBP)はインドネシア有数の農園企業グループ、デュタパルマ(Dutapalma)傘下のアブラヤシ農園企業である。WDBPでは、昨年8月に給料の不払いなどを原因とする大規模な労働争議が警察や軍の出動をともなう暴力紛争に発展した。場所は西カリマンタン州ベンカヤン県(Kabupaten Bengkayang)、マレーシアのサラワク州につながるジャゴイ・ババン国境検問所(Jagoi Babang PLBN)とは目と鼻の先の距離に位置する。

幹線道路から撮影したWDBP社の農園 ©JATAN

通常、こうした大規模農園の場合、企業が雇う保安要員によって厳重な管理が敷かれ、メディアやNGOなどは容易に内部への立ち入ることはできない。しかし今回は、会社の管理体制が半ば崩壊した状況の中、労働者グループと信頼関係を築いてきた地元の支援組織の代表者が同行してくれたため、園内で視察、取材が可能となった。これまで20年くらいインドネシアのプランテーション企業の問題をフォローしてきた筆者にとってもほとんど初めての経験だ。争議の責任者で労働者組織のリーダーであるAさんに話を聞いた。

15年ほど前に「トランスミグラシ」と呼ばれる国の労働移住政策で人口稠密なジャワ島からこの農園に移住し契約労働者として働いてきた。当初は会社の御用組合に加入していたが、一向に労働環境の改善がはかられない状態がつづき、仲間たちを組織していまの労働組合をつくったという。配置転換など数々のハラスメントを受ける中、給料はおろか、雇用保険、健康保険など会社負担の福利厚生の支給がろくにされず、最近では契約にある給料の未払いが長くつづいていた。園内の搾油工場労働者や日雇い労働者、会社に土地を提供したプラズマ小農たちも同様の劣悪な待遇を受けてきたと語る。組合の労働者たちが中心となって昨年7月にストライキを敢行、管理棟に入るゲートを封鎖する。しかし会社側から歩み寄りの姿勢はまったく見られない。次第に妻や子供たち家族もデモに参加するようになった段階で地元の警察、機動隊をふくむ国軍、会社の保安要員たちが入ってきてストライキは解散に追い込まれそうになる。

デモを鎮圧するために集まった警察隊 (HAISAWIT.co.id)

警察が放つゴム弾や催涙弾が引き金となってゲート一帯は一時、騒然としたカオス状態になった。子供たちが泣きながら逃げ惑うさまを目の当たりにしたAさんたち労働者は会社や警察の車両に向けて投石をはじめる。ストライキは20日間つづいた。多くの現地報道では、労働者たちによる暴動といった捉え方がされているが、Aさんたちの生の声を聴く限り、今回の騒動の原因はもっぱら会社側の長期にわたる契約不履行にある。「自分たちは会社が潰れることを望んでいない。少しでも福利厚生が改善し、ちゃんと働き続けられることを望んでいる」とAさんは最後に語った。

農園ではアブラヤシの果房を収穫する作業など、過酷で危険な労働をともなうことが多いがヘルメットなどの安全衛生器具はすべて自前で調達しなければならない。園内にある労働者用の宿舎には多くの幼い子供たちがいたが、会社が送迎用のバスを手当てしなくなったため学校に通う児童はいまはいないという。

視察の最後にAさんたちに農園の一角にある墓地に案内された。墓地といっても植栽されたアブラヤシの合間にただ墓石が設えられただけである。移住先で亡くなった遺体は故郷に返され先祖と同じ場所に埋葬されるのが普通だろう。出稼ぎ先の農園に埋葬されること自体、異常なうえに、この墓地は専用に区画された造りになっていない。植栽されたアブラヤシの間を埋めるように何基もの墓石(イスラムの墓石も十字架の墓も)が置かれている。最近、不慮の溺死で亡くなった幼い姉妹の墓は手作りの十字架が建てられているだけだ。すべてのブロックを合わせるとおよそ百体が埋葬されていると聞いた。この農園で育てられたアブラヤシの実を原料に使ったスナックや加工食品がわれわれの食卓に並べられるのを想像したとき胸が潰れる思いをした。

植栽されたアブラヤシの間に造られた、農園で死亡した労働者の墓 ©JATAN
■デュタパルマ・グループ

デュタパルマは「1987 年にジャカルタで設立されたダルメックス・アグロ社(PT Darmex Agro)を親会社とするドゥタパルマ・ヌサンタラ(Dutapalma Nusantara)社が中核の企業グループ」である1)

ジャゴイ・バングン郡にはドゥタパルマ傘下のアブラヤシ農園企業が他にも存在する。2010年、レド・レスタリ社(PT Ledo Lestari)は、事業地の拡大にともない先住民のイバン人コミュニティを移住させ、プランテーション周辺に点在する企業キャンプに住まわせた。ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告によれば、再定住の過程で会社側は元の家屋を燃やし、立ち退きを強制したといわれている2)

NGOからのRSPO苦情システムを通した申し立てを繰り返し放置した結果、深い泥炭湿地のプランテーションへの転換、高保護価値(HCV)評価を無視した熱帯林皆伐、火を使っての土地開墾とRSPOの三原則に違反したことが確認され、2013年、RSPOはダルメックス・アグロ社とその子会社ドゥタパルマ・ヌサンタラ社の会員資格を剝奪した3)。ダルメックス・アグロを取り巻くスキャンダルはこれだけにとどまらない。ダルメックス・アグロ・グループの創設者であり会長であるスーリヤ・ダルマディ(Surya Darmadi)は2022年8月にスマトラのリアウ州で不正な農地買収に絡む汚職事件のために逃亡先の台湾からインドネシアに戻ったところを検察に逮捕された。昨年2月に、汚職裁判所はスーリヤ・ダルマディに懲役15年の判決を下した4)

■日本のバイオマス発電に使われるアブラヤシ

ずっと以前から労働搾取、児童労働、人身取引などが横行するインドネシアやマレーシアのアブラヤシ農園は「現代の奴隷制」などと批判されてきた。こうした前世紀並みの人権侵害の疑いのあるアブラヤシはサプライチェーンの世界的な広がりとともに知らないうちに身近な市場に入り込んでいる恐れがある。WDBP社のアブラヤシもじつは日本の市場と無縁ではない。

アブラヤシの種子の絞り殻であるPKS(Palm Kernel Shell)は発電用のバイオマス燃料として利用される。下関バイオマス発電所やサミット半田パワー株式会社のPKS購入先リストにWDBP社の名前が挙がっている5)6)。合法性だけを拠り所とする調達網の確認には思わぬ落とし穴が潜んでいるのではないだろうか。

参考文献:

  1. 加納啓良. “株式会社定款の変遷にみるインドネシアのアブラヤシ農園企業―20 世紀末までの展開―.” 東南アジア研究2 (2018): 367-399.
  2. Nnoko-Mewanu, Juliana. “When We Lost the Forest, We Lost Everything“: Oil Palm Plantations and Rights Violations in Indonesia. Human Rights Watch, 2019.
  3. Rhett A. Butler. “Palm oil company violated RSPO standards, evicted from sustainability body”. Mongabay.com (13 May 2013).
  4. Surya Darmadi Sentenced to 15 Years in Prison”. TEMPO.CO (23 February 2023)
  5. 「下関バイオマスエナジー合同会社 PKS(パーム椰子殻)燃料調達について」(九電みらいエナジー)
  6. 「農産物の収穫に伴って生じるバイオマス燃料に関する持続可能性(合法性)を確保する取り組みについて」(サミット半田パワー)

 

註: この記事は下記サイトに掲載した報告をもとに加筆・編集を加えたものです。

熱帯林行動ネットワーク「労働者の福利厚生、人権を見放したインドネシアのアブラヤシ農園」

https://readyfor.jp/projects/132272/announcements/301726