JATAN運営委員 原田 公
- はじめに
- テッソ・ニロ国立公園とは
- 「違法」アブラヤシ農園の歴史的背景
- ジョコウィ政権時の「テッソ・ニロ生態系再生」計画
- 農園企業を優遇するオムニバス法
- 森林地域管理タスクフォース(PKH)批判も
- 曖昧な土地所有権
- 「違法」農園とコミュニティを支配するチュコン
- 違法な土地売買 均衡を欠いた取締り
- アブラヤシ果房を受け入れる搾油工場
- 接収された土地は国営企業へ
- 「違法」農園の労働者コミュニティへの処遇
- さいごに
1. はじめに
JATANは今年8月、数日間にわたって公園内の集落を数か所調査した。以下は現地視察の成果などを盛り込んだレポートである。現場では一触即発の緊迫した雰囲気の中、移転の対象とされる住民にインタビューする機会を得ることができなかった。ただ、公園周辺を遊動する野生ゾウとヒトとの衝突を緩和する活動に取り組む「フライング・スクワット」のメンバー、地域の環境を保護し伝統文化を残す取組みをおこなっている活動家、社会林業を公園周辺のコミュニティに広げている住民活動家、公園内の住民を監視するために駐留する軍人などから多くの話を聞くことができた。
なお、公園から収穫されたアブラヤシ果房はパーム油に製油されて日本を含む海外のサプライチェーンに入り込んでいる。こうした調達上流の状況や森林地域内で農園を営む住民たちの活動実態についてはつぎのJATANの報告書(2021年2月12日)で詳述されている。併せてお読みいただきたい。
2. テッソ・ニロ国立公園とは
リアウ州のペララワン県とインドラギリ・フル県にわたって所在するテッソ・ニロ国立公園(Tesso Nilo National Park: TNNP)の場合、総面積81,739ヘクタールのうち、その約90%にあたる約70,000ヘクタールが、主に小規模農家によって違法に伐採され、アブラヤシが植えられていると報告されている。TNNPの現在の森林面積は1.26万ヘクタールに過ぎない。また、後述するPKHの指揮官によれば、テッソ・ニロ国立公園には「約1万5,000人が居住し、そのうち先住民はわずか10%である」という。
世界最大のパーム油生産国のインドネシアには全国で1,680万ヘクタールのアブラヤシ農園があり、森林区域内に存在する農園は合計337万ヘクタール(20%)、このうちの4割弱にあたる約130万ヘクタールは小規模農家が所有している。農園の管理が企業によるにせよ、コミュニティによるにせよ、政府が指定した森林区域でのアブラヤシの栽培は違法とされる。
3. 「違法」アブラヤシ農園の歴史的背景
テッソ・ニロ国立公園内にあるコミュニティの中にはルブク・ケンバン・ブンガ(Lubuk Kembang Bunga)にようにインドネシアがオランダから独立する以前から先住している村もある。巨大製紙企業のエイプリル社にパルプ材を提供するPT RAPPは広範な森林伐採のために2001年に道路インフラのコリドー(RAPP Corridor)を敷設。以来、違法伐採グループへの容易なアクセスを提供し、また、耕作地を求めて多くの人たちがこの地域に流入することを可能にした。現地の状況を十分に把握せずに開発事業権を企業に与えた政府の責任も小さくない。
現在のテッソ・ニーロ国立公園を含む一帯の森林はもともと、政府による森林区分で、制限生産林(Limited Production Forest)であった。1974 年に東側の 120,000 ヘクタールの森林について、当時の林業省が PT. Dwi Martha に対して天然林伐採事業権(IUPHHK-HA: HPH)を発効した(Amendment of Minister of Agriculture Decree No. 410/Kpts/Um/7/1974)。その後1993年に、同じエリアは国営企業のインフタニIV (PT. INHUTANI IV)の管理下に変わった(Ministerial Decree No. 362/Kpts-II/1993)。この HPH の時代にすでに多くの「スクワッター(無権利居住者)」が入り込んでいたというが、政府がこうした事態を放置したまま2004年にこのエリアを国立公園に設定したことが現在の違法アブラヤシ農園の乱立を許した一因である。
「『紛争パーム油』と日本の関係 ―テッソ・ニロ国立公園内のアブラヤシ農園開発問題― 」
4. ジョコウィ政権時の「テッソ・ニロ生態系再生」計画
テッソ・ニロ国立公園のような森林保護区における違法な開発問題は、長年にわたって解決が待たれる課題とされてきた。2016年、ジョコウィ政権時のシティ・ヌルバヤ環境林業大臣のもとで大臣令第SK.4271/Menlhk-Setjen/Rokum/HPL.1/9/2016号が発令され、「テッソ・ニロ生態系再生(Revitalisasi Ekosistem Tesso Nilo: RETN)」計画が策定されるとともに特別チームが同年9月に設置された。RETN計画には、WWF、ミトラ・インサニ(Mitra Insani)、ワルヒ・リアウ(WALHI Riau)、テッソ・ニロ国立公園財団(Yayasan Taman Nasional Tesso Nilo)、ジカラハリ(JIKALAHARI)などの多くのNGOも参加し、社会林業などの住民参加型のアプローチが採られてきた。成果として、TNTN周辺のいくつかの村では、ペララワン県のパンカラン・ゴンダイ(Pangkalan Gondai)やカンパール県のグヌン・サヒラン(Gunung Sahilan)のように政府から「村落林(Hutan Desa)」の認証を得て、コミュニティによるアブラヤシ農園の持続的な管理に成功している。しかし、過去10年間でTNTNの周辺ではスマトラゾウ23頭の死亡が確認されている。原因は毒殺、密猟、疾病から生息地の縮小まで多岐にわたる。危惧種動物の生息地である森林生態系の保護に抜本的な対策が採られていないことが問題視されてきた。
5. 農園企業を優遇するオムニバス法
一般にオムニバス法として知られる雇用創出法(UU No. 11 Tahun 2020 tentang Cipta Kerja)は、森林地域における違法パーム油プランテーションを遡及的に合法化する恩赦プログラムが含まれているとしてNGOを中心に多くのステークホルダーから批判されてきた。この制度により違法プランテーションの事業者は、アブラヤシ栽培を可能にするための操業区域の区画変更を含む適切な許可を取得し、必要な罰金を支払うための施行後3年間というの猶予期間が与えられていた。つまり、2020年11月2日以前に森林地域で違法にアブラヤシを栽培していた事業者で、それまでに恩赦の要件をすべて満たした者は処罰を受けないことを意味していた。じっさい、「2020年11月以降、森林地域にパーム油プランテーションを設立した企業で刑事訴追された事例は1件もなかった」。一方で、森林地域の慣習法社会ではアブラヤシ栽培を生業としている数多くの小規模農家が存在する。こうした農家がさらに脆弱な状況に置かれようとしていることは間違いない。
6. 森林地域管理タスクフォース(PKH)批判も
インドネシア政府は今年1月に発令された「大統領令第5号(Presidential Regulation Number 5 of 2025)に基づいて、プラボウォ・スビアント大統領は森林地域内でのパーム油栽培の違法活動を摘発する特別対策班を設置した。「森林地域管理タスクフォース(Satgas Penertiban Kawasan Hutan: PKH))は12の省庁を横断的に組織されたタスクフォースで、国立公園の保護地としての機能を回復し、その生態系の保全を目的とする。国防大臣シャフリ・ジャムスディン(Sjafrie Sjamsoeddin)をトップに、陸軍少将ドディ・トリウィナルト( Dody Triwinarto)を指揮官に置く。タスクフォースにはインドネシア軍(TNI)および国家警察の人員が参加している。
元陸軍中将のプラボウォ大統領は現在、国軍の拡大と文民領域への浸透を推し進めている。軍は至る所に存在し、政治や政策、政府において影響力や支配力を行使している-「本来行うべきでない分野、専門性を持たない分野で活動している」。「省内のあらゆる部門から支援を得ており、包括的かつ人道的なアプローチで森林再生を進める」 といわれるPKHにしても、制服を着用した要員と軍のロゴ入りトラックが公園周辺のコミュニティに配備され、法的な地位が曖昧な森林地域で長年、アブラヤシの栽培を続けてきた住民たちに対する威圧が明らかに強まっている。「国家が大企業向けの規制を緩和する一方で、小規模コミュニティが土地収用の矢面に立たされ続けている」とワルヒ・ジャカルタ(WALHI Eknas)の担当者は懸念を隠さない。また、国家人権委員会(Komnas HAM)は8月22日付けの声明で国が転居を求める居住住民に対して適切な補償をおこない、人権に配慮すべきと提言している。
テッソ・ニロ国立公園地域に居住する住民は、少なくとも十数年にわたり同地域に居住し生活を営んできた。彼らはパーム油農園の収益に生活を依存し、社会活動を展開し、同地域に居住してきた。住民は当該地域に居住・生活する法的確証を持たないものの、国家による継続的な放置が、テッソ・ニロ国立公園地域に居住・生活する住民の存在を助長する要因となっている。したがって、国家は新たな居住地や生計手段の確保を伴わない形で、住民の居住・生活する権利を剥奪するという過ちを繰り返してはならない。
7. 曖昧な土地所有権
PKHは6月、公園内の違法農園の取り締まりを開始し、各所にフェンスの設置、警備所の設置、数百名規模の人員配置などを通じてTNTNからの人々の立ち退きを進めている。数千世帯に8月22日までの移転期限を命じた。ただ、外部からの移住者たちは農地の土地取得で“Bat(h)in”あるいは”Ninik Mamak”と呼ばれる慣習法のリーダーや村長など土地の有力者から土地証明書(Surat Keterangan Tanah: SKT) を取得しており、自らの土地所有権を信じて疑わない者も多い。SKTは本来、村などの地方の役場で発行される。国土庁(Badan Pertanahan Nasional: BPN)が発行する土地所有権証明書 (Sertifikat Hak Milik: SHM)とくらべ絶対的な所有権の証明ではないため、法的効力は弱いとされる。SHMの場合、今回のPKHタスクフォースの調査によれば、TNTN内で合計1,758筆のSHMが発見されたという。1999年から2006年にかけて発行されたSHMの中には、土地改革の一環として現地県知事の決定に基づいて交付されたものがあるという。こうした混乱を踏まえ、農地・空間計画大臣/国土庁長官(Minister of ATR/BPN)はTNTN内のSHM所有者に対し自主的な取消手続きの実施を求めている。
8. 「違法」農園とコミュニティを支配するチュコン
「チュコン(cukong)」とは豊富な資金をもとに不法に土地を取得、転売するなどして土 地の囲い込みに関わる人物である。自分の農園で働かせるために外部から人を呼び寄せるブローカー的な役割をも担う。PHKはこうしたチュコンに対して自主的にアブラヤシを伐採して裸地を返納するよう促している。中には100ヘクタールを超える土地を持つ資産家もいる。本来であれば税金を払わなければならないが租税回避のために複数の労働者に土地を小分けにして管理させているという話を現地で聞いた。公園内には労働者の子弟を学ばせるためにチュコンが資金を提供して建てられた学校がいくつかあるという。「チュコンにとって、学校を建てることは単なる親切行為ではありません。これは投資なのです」とPKHの指揮官は語っている。
9. 違法な土地売買 均衡を欠いた取締り
2020年6月に慣習長がTNTN内でゴムを植えた罪で、ペララワン県地方裁判所から懲役1年6ヶ月と罰金5,000万ルピアを言い渡された。また、2025年6月23日付けのコンパス紙地方版は、リアウ州警察が、ペララワン県のTNTN内の土地売却に関する許可書を発行した容疑で慣習法リーダーを逮捕したと報じている。相手はこの許可書に拠って公園内のアブラヤシ栽培のための20ヘクタールの土地を購入していたという。法的なステイタスが曖昧で法執行の不徹底を指摘されるテッソ・ニロの周辺では慣習法社会コミュニティが法的に脆弱な状況に置かれており、しばしば軽微と思われる犯罪でも司直による訴追と懲罰を受ける事例は多い。一方で、大規模事業者は免責される傾向があるとNGOなどは批判している。
ペララワン県ランガム郡セガティ村(Desa Segati, Kecamatan Langgam, Kabupaten Pelalawan)のタニ・マジュ農民グループ(Kelompok Tani Tani Maju)は、管理する311ヘクタールのアブラヤシ農園を自主的に州に返納したことを多くの地元メディアは伝えている。「私たちタニ・マジュ農民グループ(Kelompok Tani Tani Maju)は自主的にアブラヤシを破壊し、少しずつに森林を植林するつもりです」とPKHがおこなった植樹祭で述べたという。警察は、違反者の処罰よりも被害の回復に重点を置く「修復的司法」を優先するため、政治家を逮捕しないことを選択したとNGOのアウリガ(AURIGA Nusatara)の活動家は批判的に論じている。この農民グループのリーダーはインドネシア民主闘争党(PDIP)所属のリアウ州議会(DPRD)議員だった。管理する農園の自主的返還によって恩赦を受けるのは政治家ばかりではない。チュコンと呼ばれる農園の大規模所有者もまた、同じ恩恵を享受している。TNTN内に2006年から401ヘクタールの違法なアブラヤシ農園を所有し、労働者を雇って栽培から収益を得ていた2名の不法占拠者は自主的に土地をPKHタスクフォースに明け渡した。引き渡した後、彼らは拘留を免れた。
10. アブラヤシ果房を受け入れる搾油工場
TNTN周辺にはインティ・インドサウィット・スブール・ウクイ社(PT Inti Indosawit Subur)、ミトラ・ウングル・プサカ社(PT Mitra Unggul Pusaka)、PTミトラ・サリ・プリマ社(PT Mitra Sari Prima)など少なくても7つの搾油工場(pabrik kelapa sawit)存在し、森林地域内のアブラヤシ農園から収穫されたFFB(果房)を受け入れてきた。これらの工場から生産された搾油はマラッカ海峡を臨む工業都市デュマイ(Dumai)に運ばれ、RGE系列のアピカル・グループ傘下にある精油工場などに入る。(アピカルは違法農園からのFFB搬入を否定している。)農園から精油工場までの運搬・調達の流れについては「『紛争パーム油』と日本の関係」を参照されたい。
11. 接収された土地は国営企業へ
PKHタスクフォースによって接収された土地は新設の国営企業アグリナス・パルマ・ヌサンタラ社(PT Agrinas Palma Nusantara)によって保有・管理される。アグリナス社はプラボウォ大統領政権のインフラサービス企業の再編を通じて今年1月に設立され、3月には資金洗浄に関わる汚職で国が没収したドゥタ・パルマ社(PT Duta Palma)のリアウ州と西カリマンタン州のプランテーション用地22万1000ヘクタールを取得した。9月現在でアグリナス社は合計150万8000ヘクタールのアブラヤシ・プランテーション用地を保有。これは世界最大規模の保有面積という。ただ、TNTNで起こっている事態で明らかなように、強制的に接収された土地の受け皿となっている国営企業の広大な農園支配については、先住民コミュニティや小規模農家を不当に標的にしつつ大企業を免責し土地格差を深刻化させているなど、強い批判的な声が上がっている。「以前は違法事業で利益を蓄積していた民間企業が、今ではアグリナスという国営企業に変わった…現場やニュースを見れば、アグリナスの関係者は軍の人脈が支配的だ」とWALHI Eknasの森林問題担当者は述べている。
12.「違法」農園の労働者コミュニティへの処遇
タスクフォースは公園周辺13カ所に380名の要員を配置し、入口ゲートや監視所を設置。強制ではなく説得による手段で違法入植者の排除を開始した。一部住民は自発的に農園を明け渡して公園から離れている。政府は、TNTN内に居住する住民向けの移転先として、 フタニ・ソアル・レスタリ社(PT Hutani Soal Lestari) とシアック・ラヤ・ティンバー 社(PT Siak Raya Timber)というかつての天然林伐採事業跡地を準備しているという。いずれもテッソ・ニロの西側に位置している。対象は最大5ヘクタールの農園を所有し、かつ5年以上居住している住民だ。こうした中、PHKに相談して政府の移転プログラムに同意することを決めた数家族が、移転を拒否するグループから差別や脅迫を受けている。ペララワン県パンカラン・クラス郡ブキット・クスマ村(Desa Bukit Kesuma, Kecamatan Pangkalan Kuras)のある集落(dusn)に住む合計8人の世帯主が、政府の移住計画に参加する意思を表明した後に脅迫を受けたと警察に報告した。自身だけでなく妻と子供たちも脅迫の標的とされたり、移転反対グループからのSNSによる殺害予告もあったという。
JATANが今年8月におこなった現地視察では、ブキット・クスマ村やアイル・ヒタム村(Desa Air Hitam)などPHKとの軋轢が高まっている場所では、PHKが農民たちのアブラヤシ収穫を禁じる封鎖線の内側に、住民たちは武装した軍や警察の侵入を食い止めるブロケードを設けるなど、政府側の計画に真っ向から反対していた。6月にはこうした村の住民約8,000名が、リアウ州知事公邸前で抗議行動を行った。その1週間前にタスクフォースがTNTNの農園を閉鎖したことへの対応であったという。9月には移転を拒否する住民たちと彼らを支援する学生たちのグループ数百名がリアウ州議事堂でデモを行った。政府による大企業偏重の対策に不満を持つ彼らは、大統領令2025年第5号の見直しを強く求めているという。
13. さいごに
政府は「生態系の回復」という誰も反論できない「正義」を振りかざして「違法」農園の駆逐をはかっている。ただ、その一方で、労働を担わされた小農たちは労苦の末に築き上げた生活の基盤を根こそぎ奪われようとしている。ポピュリズムがマイノリティをスケープゴート(生贄)にし、排他的な政策を進めることで、マイノリティの権利はますます軽視され、「正義」に対する敵として位置づけられる状況はどうみても均衡を欠いている。パーム油のサプライチェーンに連なる消費市場はこうした複層的に絡み合った土地問題にどう向き合うべきか。「ビジネスと人権」に取り組む、日本を含む関連企業はその真摯度が問われているのではないだろう■