主権と領土の保全をもとめて苦闘するインドネシアの先住民コミュニティーリアウ州のサカイ人と企業の土地収奪

先住民が熱帯林と生物多様性の最大の保護者であることは、相次ぐ研究で証明されつつある。なぜなら、先住民にとって森林は避難場所であり、食料や医薬品の供給源であるだけでなく、社会文化的アイデンティティの一部でもあるからだ。一方で、2023年8月現在の慣習地登録機関BRWA(Badan Registrasi Wilayah Adat)のデータからは逆のことが明らかになっている。BRWAによって登録されたインドネシアの32の州と155の地区/都市にまたがる合計2,690万ヘクタールの慣習地のうち、地方条例 PERDA(Peraturan Daerah)によって認められたのはわずか約373万ヘクタール、13.9%に過ぎない。インドネシアの先住民コミュニティは、国家から十分な社会的・法的支援を受けるのに辛苦の努力を強いられてきた。

「1945年憲法(UUD)」の第18B条第2項は先住民の権利を国家が承認し尊重することを明示している。

国は、先住民族及びその伝統的権利につき、これが依然として存在し、かつ、社会の発展及び単一のインドネシア共和国の原則に適合する限りにおいて、法律に基づき承認し、かつ、尊重する

1960 年法律第 5 号「土地基本法(UUPA)」は、先住民の権利は国益に反しない限り、認められなければならないと規定している(第5条)。また第18条では、その政府が国益だけでなく、公益のために土地を必要とする場合、適切な補償を提供することにより、法律で定められた方法に基づいて、慣習的な土地に対するあらゆる権利を取り消すことができると述べられている。

「2013年憲法裁判所判決(No. 35/PUU-X/2012)」の判決は、「1999 年森林法第 41 号(UU Nomor 41 Tahun 1999)」に対する憲法裁判所の判断であり、先住民の土地権をめぐる画期的な決定だった。それまで、先住民が長年利用してきた森林地域は「国有林(Kawasan Hutan Negara)」とみなされ、政府の管理下に置かれてきた。この判決によって、先住民の慣習的な土地(Hutan Adat)は国有林ではなく、先住民の固有の権利として認められることが確定したのである。ただし、この権利を実際に行使するためには、地方政府が「慣習的コミュニティ(Masyarakat Hukum Adat)」として公式に認定する必要があるという条件がつけられた。

2014年の「村落法(UU Nomor 6 Tahun 2014 tentang Desa)」はインドネシアの村(Desa)の自治権を強化することを目的とした法律で、とくに先住民の自治村(Desa Adat)を法的に認める枠組みを提供した。この法律によって、村は「行政村(Desa Administratif))」と「慣習村(Desa Adat)」の2種類に分類された。「慣習村」とは、伝統的な慣習(Adat)を基盤に運営される村であり、自治権を持ち、独自の規則や慣習法(Hukum Adat)に基づいて統治されることが可能となる。これは、2013年の憲法裁判所判決で認められた「慣習地」の概念と密接に関係しており、先住民の土地権をより強化する可能性を持つ。つまり、「判決」によって理論的に認められた権利を「村落法」によって具体的に運用できる仕組みが整ったといえる。

しかし、実際の運用には課題が多い。慣習的な土地(Hutan Adat)を正式に認めるには、地方政府の認定が必要だが、多くの地方政府は手続きを進めておらず、認定が遅れている。「村落法」による「慣習村」の設立も、地方政府の裁量に依存しているため、すべての先住民がその恩恵を受けられているわけでない。

 

スマトラ島リアウ州の先住民族サカイ(Sakai)

サカイ(Sakai)人はリアウ州、とくにブンカリス(Bengkalis)県とシアク(Siak)県周辺に住む7つの先住民族のひとつである。かれらの生活は自然と密接に関係しており、とくに土地は生計の主要な源泉である。サカイ人にとって土地は、農耕や狩猟のための土地というだけでなく、かれらの文化的・精神的アイデンティティの重要な一部でもある。土地は先祖伝来の遺産であり、次世代への生活継続のために保護・維持されなければならないと考えられている。

2022年、リアウ州政府は「インボ・アヨ慣習林」(Hutan Adat Imbo Ayo)と「サカイ・バティン・セバンガ人慣習法コミュニティ」(MHA Suku Sakai Bathin Sebanga)を認める法令を発出した。面積にして、ブンカリス県、ロカン・ヒリール(Rokan Hilir)県、ドゥマイ(Dumai)市の3つの地域にまたがる207ヘクタールである。

 

シアック県は2015年に伝統的な村の設立に関する県条例2015年第2号(PERDA Nomor 2 Tahun 2015)を発行し、以下の8つの「慣習法コミュニティ(Masyarakat Hukum Adat : MHA)」を制定した。国による「慣習村」の認定に向けた最初の一歩が記された。シアック県は国の「村落法」を迅速に実施した唯一の県である

  1. Lubuk Jering
  2. Kampung Tengah
  3. Kuala Gasib
  4. Penyengat (Anak Rawa)
  5. Minas Barat
  6. Mandi Angin
  7. Sakai Bekalar
  8. Sakai Libo Jaya 

一方、ブンカリス県のサカイ人コミュニティの バティン・ソラパン(Bathin Solapan)やマンダウ(Mandau)は、シアック県のサカイ人と同じ歴史を持ち、同じ領土との関係を持つグループであるにもかかわらず、いまのところ誰一人として「先住民」として認定されていない

2020年5月18日、リアウ州ブンカリス県の裁判所は、サカイ人の58歳の男性ボンク・ビン・ジェロダン(Bongku bin Jelodan)に対し、地元の製紙企業アジア・パルプ・アンド・ペーパー社(APP)の木材サプライヤー、アララ・アバディ社(PT Arara Abadi)が植えたアカシアを伐採したとして、森林破壊の防止及び撲滅に関する「2013年法律第18号(UU Nomor 18 Tahun 2013)」により懲役1年の判決を下し、罰金2億ルピアの支払いを命じた。ボンクは、”Ubi Menggalo”と呼ばれる地元産のイモを栽培する農民で、新しい農地を開墾するためにサカイ人の共有地に植えられていたアカシアの植林木約20本を伐採したという。ボンクに対する法の行使は政府が先住民の権利を無視してきたことの証左に他ならない。生業の領土を奪われた先住民が国の法律によって犯罪者に仕立て上げられる事例(criminalization)は後を絶たない

 

いまなお企業との紛争を抱える慣習法コミュニティ

「慣習村」と地元の自治体から認定されたシアック県のコミュニティの場合はどうだろうか?上述のMandi Angin(マンディ・アンギン)村を取り上げる。

約680世帯が暮らすマンディ・アンギンは、現在にいたるまでずっと村のすべてが、アララ・アバディ社のパルプ用産業造林地(HTIコンセッション)に取り囲まれたままである。村の周囲で生産されるユーカリ植林はシアック県ペラワンにあるAPP社インダ・キアット・パルプ工場(Indah Kiat Perawang Mill)に供給されている。

マンディ・アンギンはほかのサカイ人のコミュニティと同様に、企業による土地と文化の簒奪の歴史をたどってきた。2003年発行のヒューマン・ライツ・ウォッチのレポート“Without Remedy: Human Rights Abuse and Indonesia’s Pulp and Paper Industry”からその「簒奪史」を垣間見る。

アララ・アバディが初めてやって来たのは1980年代後半。何千ヘクタールものコミュニティの土地が、武装警察や軍による脅迫のもとで、補償もなしに接収された。2000年初頭、マンディアンギンのコミュニティ指導者たちは、更地になっていない土地の返還を求めて企業と交渉した。そのわずか数カ月後、アララ・アバディは伐採を開始したという。一部の住民は森林の消失から何らかの利益を得るために、自分たちも伐採をはじめることにした。企業側はそれを「盗伐」というレッテルを貼り、木材を没収した。

2000年11月21日午後3時ごろ、女性や子供をふくむ村の人々は、金曜礼拝を終えてモスクから帰宅するところだった。17台のトラックと救急車が突然、マンディアンギンに乗り入れた。アララ・アバディの数百人の従業員が乗っていた。目撃者によると、その多くは “Pam Swakarsa PT Arara Abadi”(「アララ・アバディ社の私兵」)と書かれた黒いユニフォームを着ていたという。警告も何もなく、「私兵」たちは棍棒や金属パイプで人々を追いかけ、殴り始めた。村の守衛所をひっくり返し、家具を壊し、窓ガラスを割った。何人かは家に逃げ込み、ドアに鍵をかけた。家の裏の森に逃げ込んだ人もいた。捕まった村人たちは、頭や背中、あるいは顔を殴られた。ある被害者は走っているときに後頭部を殴られ、8針縫う羽目になった。 同じサカイ人のコミュニティ、アンカサ(Angkasa)村でも企業の「私兵」たちによる同様の襲撃にあった。

2025年2月にJATANはサカイ人のコミュニティを訪問した。最初に訪問した2002年から23年が経過していたが、依然、居住地をふくむかれらの土地は企業のコンセッションの中に取り残されたままだった。今回、企業に土地を収奪されたサカイ人のいくつかのコミュニティのリーダーたちと直接、対話する機会をもった。APP社と同じシナル・マス・グループ(Sinar Mas Group)に属すアブラヤシ農園企業のイヴォ・マス・トゥンガル社(PT Ivo Mas Tunggal)に領土を収奪されたシアック県カンディス(Kandis)郡のサカイ人グループもいた。このままの状況がつづけばサカイ人のアイデンティも文化もいずれ消滅してしまうだろう―かれらが一様に強い懸念をしめしたのは将来世代についてだった。政府からサカイ人の先住性が認知されたとしてもかれらの領土が戻ってくるわけではない。かりに企業の管理が強まれば強制的に農地ばかりか家屋まで収用されてしまう可能性もゼロではない。土地が失われれば、生業はおろか、民族のアイデンティも文化も失われてしまうだろう。

 

遅々として進まない「慣習法コミュニティ」の法的な認可プロセス

 

インドネシア政府は、パプア東部地域の先住民コミュニティが所有する森林を国有林から除外する決定をくだした。環境林業省(当時)は2022年10月24日、パプア州と西パプア州ジャヤプラ(Jayapura)県の先住民族7グループの慣習林を認める政令を交付した。認定面積は合計で39,911ヘクタール。今回の認定は、2013年に最高裁判所が慣習林を国有林から外すべきとした判決からおよそ10年後にくだされた。この画期的な判決以前は、国有林として指定されたインドネシアの1億2000万ヘクタールの土地はすべて国の管理下にあった。今回の認定まで、「慣習林」はニューギニア島の西半分を占めるパプア地域にはなかったという。

スマトラとカリマンタンでは、多くの森林が企業の開発権(アブラヤシ農園、産業植林、鉱山採掘)に支配されているため、政府がこうした企業からの法的・経済的な反発を受けずに管理権を譲り渡すことが難しくなっている。

リアウ州北部のパダン島(Pulau Padang)の住民たちはこれまでに、下記APRIL社に木材原料を調達するRAPP(Riau Andalan Pulp and Paper)という産業植林企業との間で熾烈な土地紛争を抱えてきた。島のバガン・メリブール村(Desa Bagan Melibur)は2022年にRAPPとパートナーシップの覚書を結んだ。村が企業にアカシア植林の用地として200ヘクタールを貸与する代わりにRAPPは年間2億400万ルピアの寄付を提供する。村はその半分でサゴ園を購入し、残りは孤児や病人の支援など福祉関係に充てるという。今後、25年続くというこの協働はリアウ州で、大企業と村の双方が対等の関係で築くことのできた成功事例としてメディアで報じられた。

企業との交渉で好成果を引き出すことができる行政村に比べ、慣習法コミュニティとして地方政府から認定を受けたミュニティはいまだに、中央政府レベルで法的な行政単位と認められたわけではない。一刻も早い、行政と政府との一体による集中的な支援サポートが望まれている。

2025年3月現在、アジアパシフィック・リソーシズ・インターナショナル・ホールディングス(Asia Pacific Resources International Holdings Ltd: APRIL)社は、2013年の断絶後、森林管理協議会(FSC)との関係修復に向けた積極的な活動を展開している。APRIL社は、同社に木材原料を調達するサプライヤー会社が過去の土地転換によって引き起こした社会的・環境的被害を救済することが求められる。この関係修復のプロセスではまず、被害状況を透明性を担保して精査する作業をはじめなければならない。

 

■現地調査については、特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク「2024年度NGOソーシャルチェンジ支援」対象事業「紙製品を取り扱う日本企業に対する調達方針の策定と人権DDの実施に向けた働きかけ」および公益信託地球環境日本基金2024年度対象事業「熱帯林保全のためのインドネシア産紙製品に関する環境社会配慮支援および普及啓発」の助成を受けて実施しています。(事務局)