JATAN 運営委員 原田 公
ブルードーザーがなんの予告もなしに森に入ってきた。サゴヤシ林などの破壊をはじめる。そこでようやく、住民たちは政府の開発許可が出されていることを知るのだった。
今年の4月からブルードーザーなどの重機およそ8-10台が「プマカイ・ムノア(pemakai menoa)」の破壊をはじめた。シブ省ムカー県にあるこのエリアは、Rh Jutiをはじめおよそ10のロングハウス(コミュニティ)が先祖から受け継ぐNCR(先住慣習権)の土地である。米作地、果樹園、サゴヤシ林が約200世帯の住民たちの生活を支えてきた。また、多くの野生動物が生息し、かれらにとって大切な狩猟や漁業の場所を提供してきた。豊かな水量をたたえていたバワン(Bawan)河はいまでは、破壊跡地から流出した瓦礫に覆われている。生活の基盤を根こそぎ奪われた、と住民たちは口々に語っていた。対岸には先祖たちの墓地があるがいまのところ破壊から逃れているという。
森の後景を奪われたバワン河(画像: JATAN)
企業はおろか政府からもなんら通告なしに突然始まった。警察に被害届を出すも、警察や行政はいちども現地に足を踏み入れていない。住民たちはいま、サラワク・ダヤック・イバン協会(SADIA) のサポートを受け、裁判に持ち込む準備をしている。コメや野菜などを街のマーケットなどで買う出費が増えたうえに、裁判のための費用までも工面しなければならない。企業の目先の営利目的のためにつくり出された新しい貧困がいまのかれらに襲いかかっている。
ポリス・レポート
“temuda”, “jerami”, “pegerang”などの移動耕作にともなう休耕地ばかりか「プラウ・ガラウ(ulau galau)」と呼ばれる手つかずの原生林のエリアもふくむ「プマカイ・ムノア」であると住民たちが主張している場所である。しかも、一帯は膨大な量の温暖化ガスを土壌中の有機物によって貯留する3,700ヘクタールの泥炭湿地である。科学的な調査もなされないまま湿地林はなぎ倒され、アブラヤシの苗木が植樹される頃には湿地帯を切り裂くようにカナルが縦横に掘削されて、貯め込まれていた炭素は大気中へと放出されるだろう。こうした出所由来を持つ天然林木材が合板など日本向けの木材製品に混入される恐れは十分にある。
ダブル・ダイナスティ・グループ(Double Dynasty Group)が所有するDDB Bawan Plantation Sdn Bhd。同グループの総帥イー・ミン・セン(Yee Ming Seng)の名前は、今年5月に別のアブラヤシ農園開発による深甚なNCR侵害を告発するNGOなどの報道で取りざたされた。レディアント・ラグーン社(Radiant Lagoon Sdn Bhd)はユネスコの世界遺産に登録されているグヌン・ムル国立公園のすぐ西側に位置するプナン人とブラワン人(Berawan)がNCRを主張するエリアをふくむおよそ4,000ヘクタールの森を伐採した。イー・ミン・センは、数々の不正蓄財の疑惑が持たれているアブドル・タイブ・マハムド州知事の息子との関わりが指摘されている人物でもある。
レディアント・ラグーン社によるNCR地の収奪を糾弾するコミュニティグループ(画像: BMF)
いまでも土地の収用はつづいているが現在は雨期のため重機などは止まっている。裁判に持ち込むことによっていくらかの勝算はあるかもしれない。ただし楽観は許されない。2016年12月、マレーシア連邦裁判所は、サラワクの先住民に対してNCRを主張する権利を否定する裁定を下した。トゥアイ・ルマー・サンダー(Tuai Rumah Sandah)のケースとして知られる裁定である。以降、この判決はサラワクの先住民社会に重い桎梏としてのしかかっている。
Land Title
SADIAの活動家マテック・ゲラム(Matek Geram)は言う―「河岸際の伐採や湿地帯のカナル掘削など数々の違法行為が認められるが、もっとも重要なことはNCRの侵害だ」。マテック自身、この事件に関わりはじめてから身の危険を感じている。無言電話によるハラスメントを繰り返し受けた。実際にDDB側から『裁判に訴えてやる』と脅迫されたこともあったという。2016年、ミリ市内で起きた野党・人民公正党(PKR)幹部ビル・カヨン(Bill Kayong)氏の殺害事件は記憶に新しい。カヨン氏はNGOダヤク人協会(PEDAS)のメンバーとしてアブラヤシ農園企業Tung Huat Plantation Sdn Bhdによる先住慣習地の収奪問題に深く関わっていた。マテックは友人の暗殺に深い衝撃を受けたというが、強い覚悟でNCR擁護の活動をつづけている。
アブラヤシ農園企業が政府による開発許可権の発効を受けて、住民たちが慣習的に使用してきた土地を重機とともに収奪するケースが最近増加している。その増え方はサバ州や半島マレーシアのそれをはるか凌駕している。2007年の61万ヘクタールから2017年には156万ヘクタールにまで急拡大している。一方で、マレーシア政府はMSPO( Malaysian Sustainable Palm Oil)の認証取得の厳格義務化を導入しようとしている。DDBのプランテーションで生産されたパーム油もいずれ、「持続可能性」の御旗を掲げて日本の市場に参入してくるかもしれない。ただ、NCR侵害の問題に限ってみてもサラワクのアブラヤシ産業が非常に高いリスクをはらむ、いかに非持続的なビジネスであることを知っていただきたい。
バワン河の破壊風景(撮影: JATAN)