オーストラリア、タスマニア島の南東部にルーカストンという小さな町があります。州都ホバートから車で45分の、野性味あふれるヒューオン渓谷の一画にあるこの町が原生林の伐採問題をめぐっていま、大きく揺れています。町の四方をとり囲む丘陵地帯は、年間一ミリしか成長しないというタスマニアだけの固有樹種、ヒュ−オン・パインをはじめとする貴重な原生林とバンディクートやクオール、オナガイヌワシといった希少種の野生動物を育んでおり、町の住民たちはその自然の宝庫ともいえる環境を誇りにしてきました。
木材チップの加工会社による伐採計画が発覚したのが三年前。それ以降、地元住民はルーカストン・ブッシュ・ブロックという非営利組織を立ち上げ、伐採の脅威にある土地を地主から買い上げ、豊かな自然の保存を目的とした、住民管理によるリゾート施設建設計画の実現に向けて運動を展開してきました。運営からあがる収益で、土地の伐採権を持つ会社(ガンズ社)に伐採権料 ―木材チップの場合一トンあたり約500円― を返済していくという、原生林の木材チップ化が加速するタスマニアにあって、大変画期的なプロジェクトといえます。土地の買い上げもほぼ成功し、残る交渉相手は一地主。しかしこの地主が今年3月、住民組織への土地の譲渡を拒んだところから、状況は急転直下、森林開発計画が一挙に現実味を帯びてきます。
ガンズ社はヒューオン渓谷の約1000エーカーの土地を伐採する計画をもっています。うち130エーカー(東京ドーム11個分)がいますぐ切られてもおかしくない局面を迎えたとき、住民グループは伐採用の道路を敷設する会社のブルドーザーの前に身を投げ出しました。しかし、60名の支援者を集めた非暴力による抵抗運動も、開始からわずか一週間後の3月26日早朝、30名を超える規模の警察隊の突入により強制排除されました。3名の地元住民が不法侵入などの容疑で逮捕され、現在係争中です。
1997年に連邦政府とのあいだで交わした地域森林協定のもとで、州政府は林業公社を特段の厚遇で処してきました。現在、林業公社は、連邦政府の環境保護法、絶滅危惧種保護法、情報公開法から免除されています。また、従来まであった木材チップの輸出量割当が撤廃され、業者の自主管理に任されるのみとなりました。あらゆる法的規制から解放された産業伐採はますます加速し、原生林の木材チップ化はとどまることを知りません。一日あたり東京ドームおよそ8個分の原生林が、日本人が消費する紙の原料のために消失しているのです。州の森林開発事業のおよそ8割を支配する一大企業に成長したガンズ社は、収益を急速に伸ばしており、昨年は40億円近くを記録、その企業収益の65%は木材チップの輸出によるものでした。
「原生林伐採を突然止めてしまったら地元経済に壊滅的な打撃を与えることだろう」と林業公社は豪語しています。たしかに現在、タスマニアは経済的な苦境にあえいでいます。失業率12%。北海道をひとまわり小さくした面積しかもたない島に人口が47万人ですから、雇用の確保からいっても伐採産業は保護されるべきなのかもしれません。しかし、林業にたずさわる労働人口は地域森林協定後50%近く落ち込み、いまは3,000〜4,000人(このうち現場で木材チップ採取にかかわるのは約700人)といわれています。「雇用確保ゆえの原生林伐採」は州政府と業界の口実に過ぎません。一昨年、地元のNGO、原生自然協会が実施した世論調査によれば、州民の70%が原生林伐採に反対の意思を表明しています。昨年行われた州議会選挙の投票動向を見ると、五人に一人が緑の党に投票しています。付加価値をともなわない木材チップの加工産業は機械化が格段にすすみました。地元の雇用確保に寄与するどころか、実際は一部企業の懐をふくらませ、高い紙パルプ生産力をそなえる輸出先の製紙業界を潤わせるだけなのです。
ルーカストン住民による抵抗運動も、自主運営方式のリゾート地計画も依然として続いています。つぎのウェッブサイトにアクセスしてみてください。一部、日本語版もご覧になれます。寄付も受け付けています。
http://www.tasforests.green.net.au/
http://www.lucaston.com/mainframe.html
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