4月下旬から5月上旬にかけて、オーストラリアの森林伐採状況について現地調査を行った。イーデン周辺やタスマニアの様々な伐採現場やいくつかの木材チップ工場を訪れたほか、現地NGOとの会合に参加し、情報交換などを行った。今回の訪問で得られたことについて報告する。
まず訪れたのは、ニューサウスウェールズ州南西部のグッデニア国立公園である。これ以降、たくさんの手つかずの森を訪れることができたが、今回の現地調査で驚いたことの一つが、オーストラリアの森林の美しさ、多様さである。
森の中に入ると、様々な植物が見られる。高木だけでなく、様々な低層植物のほか、コケやキノコなどが、森の多様性を形作っている。中でも特徴的なものが、「シダの木」である。シダは、最初の陸上植物が現れた頃に進化した植物で、約4億年の歴史がある。「シダの木」は太い幹を持ち、人間の背丈以上にもなるため、そう呼ばれている。こうした様々な植物が繁殖している様は、天然の植物園そのものであり、感嘆の声を禁じ得なかった。
オーストラリアでは、レインフォレスト*(温帯雨林)がそれ以外の森林と区別されて呼ばれている。レインフォレストの地域は、降雨量が多いことや、川などによって湿潤であることにより、他の森林とは構成する樹種が異なるため、そう呼ばれているようである。レインフォレストの樹種は、主にマートル(myrtle)、ササフラス、ブラックウッドなどがある。タスマニア以外の州では、純粋なレインフォレストの伐採は禁止されており、こういったことからも、レインフォレストの自然としての価値が高いとされていることがわかる。
*レインフォレストとは、一般的には多雨林や降雨林という訳語が用いられるが、さらに気候によって分類した熱帯雨林、温帯雨林といった用語が、日本ではよく使われている。今回訪問したレインフォレストは、すべて温帯雨林である。
ニューサウスウェールズ州の南西部、ビクトリア州との州境付近に位置するイーデンという町には、ハリス大昭和の木材チップ工場が存在しており、両州の森林から原木を得ている。
ハリス大昭和の工場では、最近になって一般向けの工場内見学ツアーを始めた。開始時刻に10分ほど遅れてしまったため、それには参加することはできなかったが、しばらく諦めきれずにいた私たちを見かねてか、担当者が出てきたため、いくつか話を聞くことができた。工場で働く従業員の数は69名。毎年約70万トンの木材チップを輸出している。最近、インドネシアへの輸出が増えており、輸出量の約15%にもなっているという。会社側の説明では、原料の約25%を製材工場などからの残材が占めているとのことだが、それが本当だとしても、残りの75%は丸太を丸ごと原料にしていることになる。
東ギプスランドとは、ビクトリア州東部に位置する森林地帯である。この地域は、オールドグロス林の割合が高く、多様な動植物が見られることから、世界遺産としての価値があると広く支持されている。しかし、ここも伐採の対象となっており、ハリス大昭和の木材チップ工場に原木が供給されている。
東ギプスランドの中には、蝶のような形をしたエリヌンドゥラ国立公園が設定されているが、そのすぐ外側では伐採が行われている。現地で保護活動をしているNGOのメンバーから情報を得た場所を訪れると、ちょうど伐採が行われている現場を目の当たりにした。直径2mほどもある大木さえ切り株となり、シダの木も無惨に切り倒されていた(いずれにせよ焼かれてしまうのであろうが)。破壊的なやり方であると思うのは、伐採してもそのまま林地に残されるものが非常に多いことである。大木でさえ、内部に腐れがあったり、運搬に不便なコブのようなものがあったりするだけで、利用されずに残されている。「製材などに向かないものや林地残材を有効利用している」という業界の説明とは全く正反対のことが行われているのだ。
この伐採地は、レインフォレスト(温帯雨林)地域に隣接しているため、現地の活動家はキャンプを張って伐採活動を監視したり、木に登って抗議する活動を展開している最中であった。その後の情報によると、活動家や現場でビデオ撮影をしていたフリージャーナリストは警察に逮捕、連行されたらしい(伐採や抗議活動の模様は、http://www.geco.org.au/alert.htmlに掲載されている)。
こうした伐採に対する抗議活動が行われているのは、この地域だけではない。ビクトリア州のオトワイでは、保護活動家による抗議活動が毎日のように新聞で報道されていたし、ニューサウスウェールズ州のバジャでも、長期間にわたる道路封鎖が行われていた。
日程の後半には、オーストラリアで生産される木材チップの約6割が生産されているタスマニアを訪問した。
タスマニアでは、「南部森林」と呼ばれる地域で最も激しく伐採が行われてきた。タスマニアの南西部地域は世界遺産として登録され、保護されているが、その地域内には、森林は半分程度しか存在していない。また、世界遺産地域の周辺の森林地帯は保護されておらず、伐採の対象となっている。
タスマニアの州都、ホバートから西に車で約1時間あまりの所にあるスティックス渓谷には、高さが90mにもなるユーカリの高木が残っている。これは世界で最も高い広葉樹で、アメリカのレッドウッドに次ぐものとされている。1999年の暮れには、現地のNGOが高木を電灯で飾り、「世界で最も高いクリスマスツリー」として世界中にその存在を訴えた。しかし、そのすぐ隣りには直径6m近くにもなる大木の切り株が無惨な姿を残していた。「クリスマスツリー」も今年の夏には伐採される予定になっている。
タスマニアでは、伐採された木材の約75%は直接木材チップ工場に運ばれる。さらに、製材工場などから発生する残材を加えると、最終的に伐採された木材の90%以上が木材チップに加工されていると推定される。
伐採後にもひどい話が待っている。まず、伐採地に残された木や枝には、空中からナパーム弾に似たものが落とされて火が放たれ、燃やされる。これは、後に植林をするために行われるものだが、これにより、そこに生息していた生物はすべて死滅してしまう。その後、ユーカリの苗が植えられるが、植えられるのは単一の樹種だけである。ユーカリは、数百種存在するとされているが、植林の対象となるのはたった2種類しかない。植林の際には、周りからやってくる野生動物に苗を食べられないようにするため、「1080」と呼ばれる毒物が注入されたニンジンがまかれ、それを食べた動物は殺されてしまう。大地や林地残材が一面黒こげになった現場は、訪問した現場の至る所で見られた。
最近では、「1080」の消費量が増えており、これは、植林地の造成が増えていることを示している。しかし、植林地はすでに将来の供給に十分応えられる面積に達している。
タスマニアには、3つの木材チップ工場がある。トライアバナ(東海岸)、ハンプシャー、タマール(いずれも北部)の3ヶ所で、すべてオーストラリアで最大の木材会社、ノースフォレストプロダクツ社の所有である。同社は、今年3月末にガンズ社に買収されることが決まり、現在その手続きが進められている。
私たちはトライアバナ工場を訪問し、森林施行部長の話を聞くことができた。現在、同工場で働いている従業員の数は66名。工場へは25トントラックが1日に80台も木材を搬入している。木材は、直径4.3mにもなる円盤で削られてチップになる。いわば、巨大な鉛筆削りのようなものである。生産された木材チップの大部分は日本向けだが、インドネシアへの輸出も近年増加しており、現在は10%程度を占めている。同社が所有する植林地は4万5000haで、現在、この工場の原料の約10%が植林木でまかなわれている。植林木チップの需要は高まっており、2005年には約100万トン(生産量の約40%)に達すると予想している。興味深かったのは、天然林木チップと植林木チップの値段の差は10%程度しかないということである。紙の値段で比較すれば、差はもっと少なくなるはずである。
実際、オーストラリア国内では植林木を用いて紙生産を行う工場が現れ、オールドグロス林を原料とした紙と同じ値段で販売しているという。また、世界最大のメディア企業で、オーストラリアでもいくつかの新聞を発行しているNews Limited社は、こうした植林木を用いた新聞用紙を使い始め、それを広告で大々的に宣伝している。
北部のバーニーという町には、木材輸出港がある。内陸にあるハンプシャー工場で加工された木材チップは、ここに運ばれて一旦山積みにされる。その後、船に積まれて日本などに輸出される。そこには、国内市場向けの製紙工場もあるのだが、今やパルプ生産施設は閉鎖され、インドネシアから輸入されたパルプを用いて紙を生産しているという。すなわち、木材チップを輸出し、パルプを輸入して紙を生産するという、笑い話のようなことが行われている。これこそグローバル経済の成せる技である。
タスマニア北西部には、ターカインと呼ばれる原生自然地区が存在する。ターカインの名前は、この地域で生活していたアボリジニの部族にちなんで付けられたものである。この地域には、レインフォレスト(温帯雨林)やボタン草原、天然河川、砂浜の海岸などの多様な景色が広がっている。ターカイン地域の北限をなすアーサー川を渡って入ったターカインの内部には、マートルやブラックウッドなどが繁殖するレインフォレストが見られ、樹齢600年にもなるという大木も見られた。
しかし、この地域のうち国立公園として保護されているのは、たった5%だけで、残りの95%は採鉱のために開発される恐れがあり、30%が伐採の危機にさらされている。実際、鉄鉱石を運ぶパイプラインがレインフォレスト地域の真ん中を切り裂くように走っていたし、私たちが訪れたターカイン地域の北西の端では、高木が存在していた場所が転換されて植林が行われていた。
また、ターカインの外側周辺地域では、至る所で植林事業が進んでいた。
ターカインのすぐ東側には、ノースフォレストプロダクツ社所有の、一辺約23kmの正方形の私有地があるが、そこに存在していたレインフォレストはほとんどが植林に転換されてしまった。
ターカインの北東にあるプレオレナという町では、牧草地や農地の多くが植林に転換されていた。さらに、メウナという町は、かつて学校、病院、商店など、町のあらゆる機能が存在していたが、植林を進める会社に次々と土地を買収され、今や町は跡形もなく消え、植林地だけが残っているという有り様であった。
タスマニア北部中央の都市、ローンセストンから北西に走る道路沿いでは、植林ばかりの光景が続いていたし、ローンセストンの北に位置するアーサー山付近では、急斜面の森林が一面皆伐されて焼かれた光景とともに、向こう側の山では見渡す限り植林地という光景を目の当たりにした。
タスマニアでは、1999年度に約13,400haもの天然林が皆伐されて植林地に転換された。農地などが転換されたものを含めると、1年間で合計23,700haの植林が行われた。タスマニアのNGOからは、「植林の状況はあまりにひどい」との意見も聞いていた。もちろん、天然林の植林地への転換には反対ではあるが、現存の植林木の利用を訴えている私たちとしても、どこまでを「既存」とみなすかという微妙な問題もあり、複雑な思いを抱かざるを得ない。
今回の訪問では、多くの現地の方々に大変お世話になった。また、訪問期間中にちょうど開催されていた、オーストラリア国内各地のNGOが集まって森林問題について話し合う会議、National Forest Summitに参加し、JATANからはこの問題に関する日本での活動内容について紹介したほか、様々なメンバーとの情報交換、交流を行うことができた。
また、タスマニアでは、州議会議員、現地NGOとの戦略会議を行い、タスマニアの森林に関する現状の説明を受け、日本側の活動の紹介を行ったほか、今後の活動について意見交換を行った。これらは、今後の活動を行う上でも大きな収穫になったと考えている。
引き続き行われた合同記者会見では、地球の友ジャパンのメンバーと共に、この問題に関する日本国内での活動を紹介し、オールドグロス林の伐採中止と既存の植林木の利用を訴えたほか、外材の輸入により日本の林業が受けている悪影響について説明した。会見の内容は、タスマニアの地方テレビ局と2つの地方紙に取り上げられ、日本での活動内容や我々の主張を世論に訴えることができた。
今回の現地調査で最も強く感じたことは、森林の美しさ、多様さと、伐採の悲惨な姿との対照的な状況であった。今後も、この問題についての広報活動とともに、オールドグロス林をはじめとした天然林の伐採を止めるためのキャンペーンを展開していきたいと考えている。■
※オーストラリアで撮影した写真は、http://www.jca.apc.org/jatan/av01.htmlでご覧になれます。
今回の調査には、これまでにこの活動に協力してくれたボランティアの方にも同行していただきました。その方にも、感想文をいただきました。 *** ***** * ***** *** 「美しきタスマニアへようこそ!」そう言いながら彼女に指し示された先に広がる光景は、何種類もの樹木が生い茂る原生林などではなく、整然とならんだ単一樹種の人工林だった。山の斜面全体を覆う緑が、実は利益ばかりを追求する人間の手による人工林であるという逆説を、悔しさと皮肉をまじえて僕らに伝えたかったのだ。ドイツ出身の彼女は、手つかずの自然を求めてタスマニアまでやってきた自分を<環境難民>だと語っていたが、その「難民」先の自然が無残に捻じ曲げられる姿を目の当りにした時、保護運動に関わざるを得ないと思ったのだろう。その事情は理解できるような気がする。 黒焦げにされたシダの原木が横たわる焦土、鬱蒼とした常緑樹と虚(うろ)をいくつも持つユーカリの古樹たちが織り成す温帯雨林の精妙なパノラマ、そしてこの企画商品化された植林の整然とした隊列。こうした対照をヴィクトリア州の東ギプスランド以来、何度も見せつけられてはきたが、今回の現地調査最後に案内されたアーサー山麓の光景は、その対照が最も鮮烈だっただけに印象深く残っている。 雇用か環境か。現地で森林保護に取組む人たちの苦悩を、天然林伐採による森林資源を大量消費する我々日本人はどれだけ理解しているだろうか? ヴィクトリア州、タスマニア州と同じ悲惨な光景が、インドネシア、南米、北米、そしてシベリアの原野でも繰り広げられているのを想像するとき、自らの生活様式も含め、日本人の消費文化そのものを改めて問い直す時期が来ているのだと痛感せざるを得なかった。(原田 公) |
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