小谷茂樹
前号に引き続き、今年2月のインドネシア訪問から、今回は東カリマンタンのマハカム川流域の調査で得た情報を報告する。
クタイ国立公園から戻った翌日から、マハカム川流域の調査に移った。ガイドを手配してくれる現地のツアー会社はすぐに見つけられたものの、私自身が3日後にはジャカルタに戻らなければならなかったため、残念ながら、中流域までしか足を伸ばすことができなかった。 マハカム川は東カリマンタン最大の川で、その象徴のように河口付近の都市サマリンダからは、多くの木材運搬船が出航している。川の下流域には、3つの大きな湖があり、その入口とも言えるコタバングンには、サマリンダから車で行くことができる。途中の小高い見晴らしのいい場所からの光景には、見渡す限り原生林らしきものなどはなく、「伐採が終わった」地域であることを思い知らされる。
コタバングンの船発着場付近に着くと、ちょっとした車の列ができていた。道路が冠水して、車が通れなくなっていたのだ。冠水した道路をボートで渡り、船発着場付近の食堂に行くと、店の入口やトイレ、部屋の一部も冠水していた。この時は、上流域の森林伐採が影響しているのであろうとは思いつつも、それほど気に留めなかったが、その後、これが大事件であることを知ることになる。
時間がなかったため、コタバングンからはスピードボートを利用した。途中、いくつもの木材を運ぶ船とすれ違う。川の両岸は、二次林やプランテーションばかり。森が残っているように見える部分も、数メートル奥は、伐採されて空き地になっていたり、商品作物が植えられていたりしていた。原生林らしきものは、ほとんど見あたらない。ツアー会社からも、中流域に行かなければ原生林は見られないと言われていた。東カリマンタンの森林は、すでに70%に伐採の手が入り、いい状態で残っているのは30%に過ぎないと言われている。特に、最近の森林破壊のスピードは速くなってきており、このままなら10〜15年のうちに森林はなくなってしまうと心配されている。
中流域の町ムラッからは、車で移動した。トゥリンまでは、舗装されたいい道路が続いている。ガイドの話によると、近郊にオーストラリアの金採掘会社が進出しており、そのためのインフラ整備が行われたそうだ。もっとも、この会社の場合は、スクールバスの提供、病院の建設、伐採跡地にゴムの木を植林するなどの形で、利益を地元に積極的に還元しているそうだ。こうした事例があることが、伐採会社に対する地元住民の感情に影響を与える要因にもなっている。
今回、案内をしてくれたのは、A.ラヒム氏。南スラウェシ出身で、大手日系電気メーカーで技術者として働いていたが、1992年に辞め、その後マハカム川の中流から上流域に移り住んで、地域住民や森林の調査を行っていたという。現在はサマリンダに住み、通訳として生計を立てているが、彼の森林保護に対する気持ちは強く、伐採跡地を見る度に怒りをあらわにしていた。
今回、主に調査した場所は、トゥリンというマハカム川の中流域の村。ここには、ベヌアクやトゥンジュンなどのダヤク族、主に下流域に住んでいるクタイ人のほか、スラウェシやジャワからの移民など、様々な民族が住んでいる。大雑把には、このあたりがダヤク族とクタイ人の居住域の境界になるという。
トゥリンには、2〜3年前から伐採会社が操業を始めたほか、地元住民による違法な伐採も行われている。インドネシアで地元住民の伐採が許されるのはコミュニティによるものだけで、個人による伐採は禁止されている。しかし、サマリンダなどの下流域から来る業者にチェーンソーを買い与えられ、住民が伐採した木材を売るということが行われている。業者は、それをコミュニティによって伐採された木材であると偽った書類を作成し、地方政府に提出しているようだ。実のところ、こうしたことはインドネシアの至る所で行われていると言われている。
ラヒム氏の話によると、伐採はすでにマハカム川の上流域まで及んでおり、地元住民が個人で違法に伐採した木材を下流域の木材会社に売っているという構図も、同様であるという。また、マハカム川の下流域から伸びるベラヤン川やクダンクパラ川の流域でも、多くの木材会社が操業を行っている。
トゥリンの村周辺の川をロングボートで廻ってみると、川沿いには木材置き場や木材工場がいくつも見られた。川沿いの木材置き場でタバコを吹かしていた若い青年に話を聞いた。
「伐採した木材は、サマリンダの業者やKUD(村落協同組合)に売っている。ウリン材は1m3あたり70万ルピア(約9千円)で売れる。チェーンソーは有償で与えられ、木材を売ったときに払い戻している。」
KUDとは、コミュニティによる伐採を組織している団体だが、こうした個人が伐採した木材をも扱っているのは驚きである。KUDは各地域にあるもので、こうした伐採が増えていることを反映してか、最近どんどん増えているらしい。ウリンは、カリマンタン全域に見られる樹種で、堅いことから最も高く売れる木材である。
別の場所で見つけた男性に話を聞いた。彼は農民であった。
「木材会社とは一度闘ったことがある。村長の許可を得ずに操業を開始したからだ。デモをして、利益の還元を要求した。なぜなら、金採掘会社のように、利益を地元に還元することがなかったからだ。」
トゥリンの川の北岸はダヤクの村になっていた。村のある家族に話を聞いた。この家族も伝統的な焼畑農業で生計を立てている。
「村の人々は、みな木材会社に反対している。元々は村の土地だったからだ。現在は、農業のための土地は十分にあり、伐採による影響も特にない。ただ、会社は2〜3年前に操業を開始したばかりで、土地がどうなるか将来が心配だ。」
また別の場所を求め、陸に上がって歩いていると、作物が植えられている庭くらいの小さな農地を見つけた。その隣には二次林、そのさらに向こうには原生林が見える。これはわかりやすいと思い写真を撮ったが、よく見ると、農地に植えられていた稲がすべて倒れていた。不審に思ったのか、そこの住民が近寄ってきた。彼は母親と2人暮らしで、兄弟はサマリンダで教師をしているという。彼は私たちを家に招き、ドリアンでもてなしてくれた。稲の話をすると、「1週間前に洪水があって、水位は腰の高さまで来た」と言う。よく話を聞いてみると、それは高床式の家の床に立った時の「腰の高さ」であった。彼が家の壁を指さすと、そこに水が達した跡が残っていた。その時の水面からは3m近い高さである。この時から、私たちの調査のテーマが大きく洪水の方に変わってしまった。
食堂で偶然に見つけた、病院に勤務する看護婦に話を聞くことができた。
「今回は1973年以来の大洪水だった。2月18日くらいまで1週間続いた。今のところ、死者や病人は出ていないが、今後も水質汚染による子供の下痢などが心配だ。」
今回の大洪水は、上流域の森林伐採が影響していることは間違いないだろう。地域の人々は、どう考えているのだろうか。別の男性に聞いてみた。
「洪水は上流域の森林伐採が原因だろう。今回の洪水で200haの農地が被害を受けた。今年は地方政府が食糧援助してくれた。これから頻繁に洪水が起きるかもしれないから、将来の食糧不足が心配だ。」
驚いたことに、インタビューしたすべての人々が、洪水の原因が森林伐採であると指摘していた。洪水は、しばしば森林伐採による最終段階の被害として現れる。村の人々も、それを理解していたのだ。
翌日、サマリンダに戻る前に、ラヒム氏と私は早めに出発して、未だに洪水の被害を受けていたコタバングンを調査する時間をとることにした。コタバングンの船発着場付近の家々は冠水しており、道路から家の中に木材の板を渡して通路を作っていた。家の中では、床を上げて家具や食器を避難させている。ただ、これだけならましな方で、川沿いの道路は途中から冠水しており、ボートで移動しなければならない状態になっていた。施設に避難していた住民も10家族くらいいたそうだ。
30年ぶりの大洪水。さぞ大きなニュースになっただろうと思ったが、サマリンダに住んでいるラヒム氏も知らなかったというから、ニュースにもならなかったようだ。実際、去年1年間に、インドネシア全土で起きた洪水や地滑りにより、600人が死亡したという。ただ、頻発しているのはスマトラ、ジャワ、スラウェシなどで、カリマンタンはそれほど多くなかった。カリマンタンでもついに始まってしまったと言えるかもしれない。そうでなければいいのだが。
現在、インドネシアの森林破壊の要因として、違法伐採の存在が注目されている。政府の公式統計と実際の木材需要との差から、違法に伐採された木材の量は、全生産量の半分以上とも8割とも推計されている。違法伐採の形態は、保護地域内での伐採、許可地域以外での伐採、伐採の禁止されている小径木の伐採、計画量以上の伐採など様々である。マレーシア国境を越えて伐採が行われたり、木材が取引されたりする「密輸」も行われている。また、伐採への軍や警察の関与、取り締まるはずの役人の見逃し行為や汚職なども日常茶飯時のように行われている。
しかし、違法伐採は原因ではなく、あくまでも現象であると主張する声が大きい。サマリンダに拠点を持つあるNGOの事務局長は、真の森林破壊の原因として、その影響の大きな順に以下の3点を挙げた。
(1) 木材産業界の過大な生産能力
(2) プランテーションや採鉱業による森林転換(年々増大している)
(3) インドネシア国内の木材需要
「木材産業界の過大な生産能力」とは、それが政府の許可している木材生産量よりもはるかに大きいことを指している。そしてそれは、日本を含む海外の木材需要が存在するからなのである。「インドネシアの問題」だけで済む問題ではない。■
東カリマンタンで撮影した写真を見る | 「待ったなし」状態のインドネシアの森林〜前編〜
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